マッカーサーの昭和天皇への尊敬の念

 昭和天皇が、初めて東京の米国大使館において、マッカーサー元帥と面会し、陛下のお言葉を聞いたマッカーサーは興奮の余り陛下にキスしようとしたくらいだと語っていた。
 「もし国の罪をあがなうことが出来れば進んで絞首台に上ることを申し出るという、この日本の元首に対する占領軍の司令官としての私の尊敬の念は、その後ますます高まるばかりでした。」
 とも語っていたそうである。

_/_/_/_/_/▼国際派日本人の情報ファイルより引用▼_/_/_/_/_/

■■■■■■■■■ JOG Wing ■ 国際派日本人の情報ファイル■

重光葵が伝えたマッカーサーの感動

伊勢雅臣
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 1955(昭和30)年8月、重光は外相として初めて訪米した。
それに際し、那須のご用邸に滞在中の昭和天皇に渡米のご挨拶を申し上げた。降伏文書調印の時以来、10年ぶりの拝謁である。

 この時、昭和天皇はもしマッカーサー元帥と会う機会があれば、「自分は米国人の友情を忘れたことはない、米国との友好関係は終始重んずるところである。特に元帥との友情を常に感謝して、その健康を祈っている、と伝えてもらいたい」と重光に依頼された。

 重光は、ニューヨークのホテルに、マッカーサー元帥を訪ねて、昭和天皇からの伝言を伝えた。元帥は「自分は日本天皇の御伝言を他のなにものよりも喜ぶものである。私は陛下にお会いして以来、戦後の日本の幸福に最も貢献したのは天皇陛下であると断言するに憚らないのである」と語った。

 マッカーサーは続けて、重要な証言をした。

 天皇に初めてお会いしたのは、東京の米国大使館内でした。どんな態度で陛下が私に会われるか、と好奇心をもってお会いしました。しかるに実に驚きました (much to mysurprise)。陛下は、まず戦争責任の問題を自ら持ち出され、つぎのようにおっしゃいました。これには実にびっくりさせられました (to my utter astonishment)。

 すなわち、「私は、日本の戦争遂行に伴ういかなることにも、また事件にも全責任をとります。また私は、日本の名においてなされたすべての軍事指揮官、軍人および政治家の行為に対しても直接に責任を負います。自分自身の運命について貴下の判断が如何様のものであろうとも、それは自分には問題でない (go ahead)。私は全責任を負います。」 これが陛下のお言葉でした。

 私はこれを聞いて、興奮の余り、陛下にキスしようとしたくらいです。もし国の罪をあがなうことが出来れば進んで絞首台に上ることを申し出るという、この日本の元首に対する占領軍の司令官としての私の尊敬の念は、その後ますます高まるばかりでした。

 マッカーサーは感動をこめて語った。

 重光はマッカーサーの話を聞いて感動し、これはぜひ日本国民に知らせたいものだと、元帥の会見に同席して速記をとっていたスクリップ・ハワード通信社社主のロイ・ハワード氏に頼んで速記のコピーを貰い、同席した人にも元帥の発言を確認し、帰国してから、邦訳して『読売新聞』に寄稿した。それは昭和30(1955)年9月14日付け朝刊に『天皇讃えるマ元帥 新日本産みの親 御自身の運命、問題とせず』のタイトルで掲載された。[1,p238]

 わが国の歴史上、最も聖なる場面の一つは、こうして重光の手によって記録に残された。昭和天皇の御心を体して、平和のために一生を捧げた重光こそ、陛下の大御心を伝えるに最もふさわしい人物であった。これも天の配剤だろうか。

_/_/_/_/_/▲_引用ここまで▲_/_/_/_/_/

 ポツダム宣言受諾後、昭和天皇とマッカーサー元帥の会見については様々な記録のある所であるが、マッカーサーが昭和天皇の面会要請に対し「どうせ、命乞いに来るのだろう」と高を括っていたとも言われ、面会後その場で送るべき所、思わず玄関まで行ってしまったという話も残されているようだ。

 昭和天皇とマッカーサーの会見については、こちらにも写真入りで紹介されているので、会わせてご覧頂きたい。

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靖国・近代の戦い | コメント(12) | トラックバック(0)2007/10/31(水)14:52

嬉野市議会が慰安婦問題で国の主張を求める

 佐賀県嬉野市の市議会が、慰安婦問題で、国の主張を求める意見書を可決した。
 
_/_/_/_/_/▼佐賀新聞より引用▼_/_/_/_/_/  

慰安婦問題で国の主張求める意見書可決 嬉野市
 
 嬉野市議会は定例議会最終日の26日、従軍慰安婦問題について、国が世界に対して調査研究に基づく事実を主張するよう求める意見書を賛成多数で可決した。
 意見書は米下院の「日本政府は公式謝罪をすべき」などの決議を受け、市議有志で起草して提案。同決議に疑問を呈するとともに、「謝罪を繰り返す国の外交政策は、現在や将来の国民の誇りを失いかねない重大な問題」と指摘。国にこれまでの研究に基づく事実を各国に説明していくことを求めている。賛成18、反対1で可決した。
 
同市議会事務局によると、県内10市で同様の意見書はこれまでなく、県町村議長会も「県内の町村議会で同様の意見書は記憶にない」という。同市議会の提案議員の1人は「事実はきちんと認めた上で、虚実については違うと強く主張するべき。地方から国にいろんなことを要求することも大事だ」と話した。
 
これに対し、反対議員は「外交にかかわる問題で事実についても見解が分かれており、慎重に対応すべき」と話した。

_/_/_/_/_/▲_引用ここまで▲_/_/_/_/_/

 私は、慰安婦問題で一番腹が立つのは、正業として生きるため、家族のため、国のために正に身を削って働いておられたであろう「元慰安婦」の方々に対して、現在に至って「性奴隷」だ「強制された」等と言って、その尊厳を傷つけ侮辱し、果ては政治・外交・金儲けにまで利用しようとしている輩である。



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靖国・近代の戦い | コメント(6) | トラックバック(0)2007/09/28(金)09:58

拉孟に、正真正銘の「従軍慰安婦」が居た。

 8月号の「靖國」に、桜林美佐氏の投稿がある。
  題名は「耳を澄ませば聞こえる 彼方からの声」

   


 桜林氏は、「ひとり語りの会」の活動をしておられる。
 『南方に北方に没した二百四十万人に及ぶ戦死者のうち、未だ戦場に取り殉されている百十五万余のご遺骨を「取り戻す」という作業も重要課題だ。しかし、これがままならないのが実情である。全てのご遺骨を日本の土に帰すことは、もはや不可能と言われる中、それでも諦めず、遺骨収集と鋲魂に尽力されておられる方々には感謝の念に堪えない。
 私は、ご遺骨を拾うことは出来ずとも、そうした英霊たちの「真心」を集め、いま一度生き返らせたいと思っている。その試みの一つが借越ながら、私が独自に始めた「ひとり語りの会」だ。語られず、教科書にも載らず、歴史からとり残され、日本人の記憶から消されつつある様々な事実を物語とし、本として書くだけでなく、その朗読を聴いてもらうことで、英霊たちの声や息遣いを蘇らせることはできないかという、大変おこがましい挑戦である
。』
 と述べておいでだ。
 その最新作が「拉孟(ラモウ)に散った花」
 中国の雲南省とビルマ(現ミャンマー)との国境付近「拉孟」で、五万人もの敵兵を相手に、僅か千三百名の将兵で百日余りも戦い、正に死守・玉砕した「拉孟守備隊」についての話であるが、私は、そこに、正真正銘の「従軍慰安婦」が居た事を初めて知った。
 思わず、画面が曇ってしまった。



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靖国・近代の戦い | コメント(34) | トラックバック(5)2007/08/09(木)15:04

護国神 みたままつりに 盆帰り 

 7月13日から16日まで、國神社でみたままつりが行われる。
 私の住む福岡の盆は、旧盆(8月)であり、福岡県護国神社は「盆みたままつり」として8月13日~8月16日に開催している。

【追記】 みたま祭りには行けず、せっかくの献灯も見られず、とがっかりしていたが、拙ブログと相互リンク頂いている、「家族がいちばん」の管理人「練馬のんべさん」が、わざわざ國神社にまで出向いて、提灯を発見して写真を送って下さった。 
 大感謝である!心から御礼申し上げる。
 折角なので、此処に貼っておく。
 
(指令):写真をクリックしてtono提灯を探せ!(*´д`*)アハァ  
 
 本エントリーはみたま祭り期間トップに置くことにした。


          
 
 しかし、「盆」は仏教ではなかったろうか?
 神仏合体?
 私は、そんなことはどうでも良い。
 そもそも、日本の家庭には(我が家も昔はそうだった)神棚と仏壇が同居している。 


 國神社は、今私達が生きているこの日本という国を残すために、その命を捧げた方々が、護国の神となりおやすみになっている所である。
 当然に、日本の伝統的な「神道」によって祀られて、祈りが捧げ続けられている。
 しかし、だからといってこのお社は、心から祈りを捧げる方々の宗教等にこだわりは無く、大変寛容ある。
 祀られている神々は、元々この日本に、人間として生きていた方々だからだろうか?
 「九段の母」と言う歌にあるように、「英霊」となった息子に会いに来た母親が、思わず手を合わせ「念仏」を唱える。
 クリスチャンである「李登輝」氏が、昇殿して参拝される。
 人として、感謝し、祈ることこそが大切だと思う。

 國神社は「宗教」を越えた所にある。

 
  いのちかえ みくにのこせし ますらおの


  みたまいのらで やまとびとかな
 


 今年は、私事ではあるが、是非参拝したいミーハーな訳があるのだが、難しそうだ。
 今年初めて「みたままつり」に僅か一灯であるが、「大型提灯」を献灯させて頂いた。
 発見された方は、是非お知らせ下さい。景品はありませんが。。。
 
 先の葉書はその「礼状・案内状」である。
 ミーハーな訳とは、折角「案内状」が届いたからである。
 ふと、御英霊に「一緒に踊らんか?」と声をかけられた気がした。。。


靖国・近代の戦い | コメント(18) | トラックバック(2)2007/07/16(月)23:59

李登輝氏の國神社参拝を、心から歓迎し、感謝する

 来日中の台湾の李登輝前総統は7日午前、東京・九段の靖国神社を訪れ、本殿に昇殿して参拝した。

 参拝を済ませた李登輝ご夫妻
  
  
 國神社には、旧日本軍人としてフィリピンで戦死した2歳上の李登輝氏の実兄・李登欽氏が「岩里武則」の日本名で祭られているそうである。
 参拝後、「兄の霊を守ってくれていることに、感謝の意を表したい」と述べられた。

 李登輝氏は、英霊のご遺族である。
 その方が、國神社を参拝するのに、
「どうか、歴史的政治的にとらえないでほしい、あくまで兄の戦死を弔うため。家庭の事情である」
「個人的な家庭の事情での参拝。政治的にとらえないでほしい」
 等、大変な気遣いである。
 英霊のご遺族が、國神社を参拝する。
 こんな当たり前の事をするのに、ここまで気を使わ無くてはならない事自体異常ではないか。

 世界二十数カ国が、単なる「交流」ではなく正式「国交」を持つ、アジアの一つの国『台湾』に対して、『一つの中国』等と、侵略宣言に等しい事を平然と言い放つ中国。
 中国は『台湾』と「国交」を持つ国々に対して、仁義無き切り崩し工作を行っている。
 昨日もコスタリカが台湾と断交、中国と国交を樹立したニュースが伝わったばかりだ。
 
 ムチとなる軍事力もアメとなる援助も、日本からの多くのODA等の資金が直接・間接に関与しているのは言うまでもない。
 自分で自分の首を絞めているとは、こういう事ではないのか?



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靖国・近代の戦い | コメント(16) | トラックバック(8)2007/06/07(木)17:00

「鹿屋航空基地 資料館」で特攻を思う

 鹿児島県の大隅半島、鹿屋市に「海上自衛隊 鹿屋航空基地」がある。
 この基地内に立派な「資料館」がある。  参考→展示物一覧
 この地は、日本海軍の飛行場があった場所であり、個人的には父が海軍通信兵として終戦を迎えた地でもある。
 そして陸軍の「知覧」と並ぶ、人数ではそれを上回る「神風特別攻撃隊」の基地でもあった。

 海軍記念日の5月27日、その「海上自衛隊 鹿屋航空基地 資料館」を訪れた。
 隊員宿舎を含む基地の門を入ると、左手に『2式大挺』が鎮座している。

   

 右手に基地のゲートがあり、資料館は左手にある。
 駐車場から、沢山の航空機が展示してある広場を見つつ資料館に向かう。

   

 資料館に入ると、正面に大きなステンドグラスがある
 平山郁夫氏による「夕映えの桜島」を元に作成されたそうである。
 平山氏のご兄弟が自衛官という繋がりがあるそうだ。
 特攻に出撃する隊員が、最後に見る風景でもある。

   

 ステンドグラスを見上げた後、右手に受付があり、若い男女の自衛官が案内をしている。
 入館は無料、受付で住所氏名を書くだけである。


 館内は撮影禁止であるが、このステンドグラスと、後に紹介する「零戦」だけは撮影可能だ。



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靖国・近代の戦い | コメント(17) | トラックバック(1)2007/05/28(月)14:46

輝く海軍寫眞帖その4

 海軍の大きな仕事の一つに、「邦人の保護」がある。

      

 支那事変のきっかけの一つとなった[大山中尉射殺事件]をご存じだろうか?

 昭和十二年八月九日午後五時頃、共同租界越界路のモニュメント路通行中道路上に於て多数の支那保安隊に包囲せられ機銃、小銃数十発の乱射を受けて即死したという、あの事件である。

 この大山中尉は、日本帝国海軍 特別陸戦隊の第一中隊長だった。
 海軍は、海ばかりではない。
 立派な「陸戦隊」があったのだ。
 亜米利加軍で言うと、海兵隊的組織が海軍内にあったという感じであろうか?

 では、今回は「陸戦隊」を中心に!

 堂々の、皇居・國神社参拝       観兵式
     



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輝く海軍寫眞帖 | コメント(6) | トラックバック(0)2007/05/24(木)17:09

安倍首相が靖國神社に真榊を奉納

  4月に行われた國神社春の例大祭に、安倍首相が「真榊」を奉納された。
 またぞろ、マスコミが外交問題へ煽ろうとしているようであるが、今回はどうも中国の反応が静かである。
 ある報道の論説によると、今回の「真榊」は、「首相の訪韓・訪中時より根回しがされていた」との事であるが、現時点での中国の反応を見る限り、かのような「根回し外交」が対中韓に復活してきたのかもしれない。
 韓国は、大統領選が近く、お約束の「抗議」が在ったようだが、これとて小泉首相の参拝に比べれば、国内向けポーズの「反日抗議」の範疇では無いかと思われる程である。
 
_/_/_/_/_/▼Sankei Web 【主張】より引用▼_/_/_/_/_/

【主張】首相の靖国奉納 騒ぎ立てる問題ではない


 安倍晋三首相が4月の靖国神社例大祭に「内閣総理大臣」名で「真榊(まさかき)」を奉納したことが、一部マスコミなどで問題視されている。


 批判する側の論調は、小泉純一郎前首相の靖国参拝を批判したときとほとんど変わっていない。一つは、首相の奉納が憲法の政教分離原則に違反するという批判だ。しかし、小泉前首相の靖国参拝を憲法違反とする訴訟は、最高裁判決で次々と原告敗訴が確定している。


 安倍首相をはじめ歴代首相は毎年、伊勢神宮に参拝している。これを批判する論調は、あまり聞かれない。政教分離原則を振りかざした違憲論は、すでに説得力を失っている。


 もう一つの批判は、靖国神社を戦前の軍国主義のシンボルと決めつけ、東条英機元首相らいわゆる「A級戦犯」をまつった靖国神社に首相が奉納することは、近隣諸国との友好の妨げになるという論調である。


 今回の安倍首相の奉納に対し、韓国は「地域内の平和安全の基礎になる正しい歴史認識に逆行するもので、非常に遺憾に思う」(外交通商省)との論評を発表した。中国は直接的な批判を避け、「靖国神社問題は中日関係の重大かつ敏感な政治問題だ」(外務省報道官)と懸念を示すにとどめた。


 とりわけ、中国の以前より抑え気味の反応が目立つ。先月、温家宝首相が中国首脳として6年半ぶりに来日し、安倍首相と会談した。江沢民時代のような反日ムードを煽(あお)ることは米中関係にとっても得策ではないとする中国当局の意向も働いているだろう。


 そのような時期に、安倍首相の靖国神社への奉納を批判する論調はかえって、修復されようとしている日中関係に水を差すものといえる。かつては、靖国問題や教科書問題で日本のマスコミ報道が中国や韓国の内政干渉を誘発し、外交問題に発展したが、そんな時代ではなくなりつつある。


 今春の靖国神社例大祭には、三権の長である河野洋平衆院議長も真榊を奉納した。安倍首相の奉納だけをことさら批判するのも理解に苦しむ。


 靖国神社は戦没者慰霊の中心施設である。日本の首相が国民を代表して参拝し、あるいは奉納して、国のために亡くなった人たちを追悼することは、当然の行為である。


(2007/05/10 05:02)


_/_/_/_/_/▲_引用ここまで▲_/_/_/_/_/



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靖国・近代の戦い | コメント(11) | トラックバック(0)2007/05/10(木)09:33

輝く海軍寫眞帖その3

 海軍に入るというのは結構競争率が高かったらしい。

 勉強して合格しても、半年後に再検査がある。 見事合格すれば憧れの水兵服


      

 そして、晴れて 入団式! 海軍は「入団」、陸軍は「入営」と言っていたそうな。

   



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輝く海軍寫眞帖 | コメント(12) | トラックバック(2)2007/04/11(水)18:02

「輝く海軍寫眞帖」その2

 「輝く海軍寫眞帖」その2である。

 今回は、こんなのから

 「序文」  何故海軍が必要なのか解説がしてある。

  


  外国との軍備比較もちゃんと載っている。

      


 現在でも、国民が知っておいた方が良い情報ではなかろうか?
 防衛省は、もっと宣伝が必要ではないか。 

 それでは、軍艦の建造過程から紹介する。



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輝く海軍寫眞帖 | コメント(8) | トラックバック(1)2007/03/31(土)20:00

「輝く海軍寫眞帖」が出てきた

 野暮用で実家を散策していたら、ぼろぼろになってはいるが、立派な表紙の付いた古い写真帖が出てきた。

・ 「輝く海軍寫眞帖」の表紙
  

・ぼろなはずだよ!
  発行 
 
 めくってみると、破損ページも多いし、悪ガキの仕業による意味不明の落書きもある。
 父親に言わせれば「そりゃぁ、お前の仕業や!」・・_|\○〉!!
 
 せっかくなので、シリーズで少しずつ紹介してみようかと思う。
 破損・落書きもあるが、ご容赦下され!

 (写真はクリックすると、大きめの物が見られます)



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輝く海軍寫眞帖 | コメント(10) | トラックバック(1)2007/03/20(火)09:42

安全保障の要としての靖国神社

 今月、届いた「靖国神社社報『靖國』」で、遠藤浩一氏が靖國神社を安全保障の視点で取り上げている。
 
 日米同盟については、当然必要としながらも、『他国の有権者に自国の命運を委ねるのは好ましくないといふより、狂気の沙汰である。』と言う。
 どういう事か?『米国のアジア政策は、戦前から戦中、今日にいたるまで、実は、一貫して場当たり的である。政権が変はれば猫の日のやうに変化するし、同一政権でも選挙でひとたび有権者から「ノー」と突き付けられたならば軌道修正を余儀なくされる。米国が巨大な大衆民主主義国家であり続ける限り、その東アジア政策や安全保障政策が大きく動揺することを、同盟国としても織り込んでおいたはうがいい。』と言うことだ。
 そして、その大衆とは、『何といつても目先の欲望の充足を大事中の大事と思ふ我々大衆は、キケンなこと、キツイこと、キタナイことは他人任せにしたいと願ふから、″仲よし”姿勢でなんとかできるのなら、それでいいぢやないかといふことに、当然なる。』と言うわけである。
 
 国防に於いて、
 『同盟といふものは安全保障政策の補助機能であつて、主体はあくまでも国防力である。右とか左とか、好きだとか嫌ひだとかの問題ではない。独立主権国家を維持するための、それが大前提(常識)といはなければならない。』と、至極当然の事を仰っている訳だが、どう靖國神社と繋がるのか?
 
 『わが自衝隊は今日、世界有数の精鋭な軍隊としての評価を得てゐる。規模ではなくその質に世界中が注目してゐる。なぜか。わが国には辛うじて国家の生存本能といふものが残つてゐるからである。それは歴史的空間の中で育まれてきたがゆゑに強靭で、大衆民主、国民主権主義、平和主義と言った軛をかけられても、国家を守るために黙々と機能し続けてゐる。その生存本能を支へてきたのが、神道の社としての靖國神社なのである。
 英霊の追悼は国家の生存本能にねざしたものであり、国防の基本である。それは神道といふ歴史的、伝統的な宗教空間の中で行はれてこそ、意義がある。自国を一方的に断罪する歴史観に阿り、無宗教の「平和祈念」にすり替へて有名無実化する企てが実現したならば、あるいは内閣総理大臣が外国の圧力に屈して参拝を中断したならば、国家の防衛は骨抜きになつてしまふ。参拝の有無を曖昧にすることは戦略でも何でもない、堂々と参拝することが国防上肝要なのである。日本国のトップが国家と国民を代表して靖國神社に眠る英霊にぬかづくことは、日本人の宗教伝統の体現であるとともに、国防上不可欠の行為である
。』
 
 私は、「国防力」を考える上で、この『国防上不可欠の行為』は特に賛同する。
 遠藤氏の言わんとする事とは多少意味合いが違うかも知れないが、国を護る軍隊の士気の問題からである。


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靖国・近代の戦い | コメント(2) | トラックバック(0)2007/03/13(火)14:57

帝國海軍の戦艦の写真に思う

友人の伯父さんという方に、写真を頂いた。
帝国海軍の戦艦(主砲が大きそうなので多分そうだと。。)の写真である。
僅か5枚だが、迫力を感じる。
航空機が写っている物は、ちょっと綺麗すぎる気もするが、
変なメモとは違うので、勝手に検証して頂きたい。
http://home.att.ne.jp/star/TonoGodZilla/senkan.htm

↑にサムネイルを貼って置いたので、そちらをクリックすると大きな写真を見ることが出来る。

内一枚は、凍った艦橋の写真である。
「昭和十八年五月五日許可済」とある。

         



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靖国・近代の戦い | コメント(16) | トラックバック(0)2006/09/11(月)13:44

麻生太郎氏の「靖国に弥栄(いやさか)あれ」に思う

麻生太郎氏が、靖国への思いを「私見」という形で氏のホームページに発表された。


もちろん全てではないが、多くの部分で、私が考えていた事と同様な思いが綴られている。


_/_/_/▼麻生太郎氏 ホームページより引用▼_/_/_/_/_/


靖国に弥栄(いやさか)あれ 
                                麻 生  太 郎 


【靖国神社についての私見です。なお、新聞投稿もこの文章も、外務省や、外務大臣としての立場とはなんの関係もありません】



1. 常に根と幹を忘れずに
 
 靖国神社に関わる議論が盛んです。特定の人物を挙げ、「分祀」の必要を言う人があります。国会議員にそれを主張する人が少なくありません。わたしに言わせれば、これは根や幹から問題を見ようとしない、倒錯した発想によるものです。  
 わたしは靖国神社についてものを言う場合、常に物事の本質、原点を忘れぬよう心がけて参りました。  
 それでは靖国問題で発言しようとするとき、忘れてならない根と幹とは、何でしょうか。  
 大事な順番に、箇条書きにしてみます。
              
(1) 靖国神社が、やかましい議論の対象になったり、いわんや政治的取引材料になった りすることは、絶対にあってはならないことです。靖国は、戦いに命を投げ出した尊い御霊とご遺族にとって、とこしえの安息の場所です。厳(おごそ)かで静かな、安らぎの杜(もり)です。そのような場所で、靖国はあらねばなりません。  
 いかにすれば靖国を慰霊と安息の場とし、静謐(せいひつ)な祈りの場所として、保っていくことができるか。言い換えれば、時の政治から、無限に遠ざけておくことができるか――。  
 靖国にまつわるすべての議論は、いつもこの原点から出発するものでなければならないと考えます。論議が紛糾したり、立場の違いが鋭く露呈したような場合には、常にこの原点に立ち戻って考え直さなくてはなりません。


(2) 靖国神社にとって、「代替施設」はあり得ません。  
  このことは、靖国に「ないもの」と「あるもの」を考えることで、理解することができます。靖国には、遺灰とか遺骨といった、物理的な何かはありません。あるのは御霊という、スピリチュアルな、抽象的なものです。いやもっと言うと、そういうものが靖国にあるのだと思ってずっと生きてきた、日本人の「集合的記憶」です。  
  記憶には、誇るべきものがある半面、胸を張れないものもあることでしょう。しかし死者にまつわるものであるからには、総じて辛い、哀しいものです。それらすべて、一切合財を含む記憶の集積を、明治以来日本人は、靖国に見出してきました。これは引っこ抜いてよそへ持って行ったり、新しい場所に「存在するつもり」にしたりできないものです。つまり靖国には、代替施設はつくれません。  
  高浜虚子の有名な句に「去年今年 貫く棒の 如きもの」があります。この句に言う「棒の 如きもの」が、靖国にはあるのだと思っています。これを無くしたり、むげにしていると、ちょうど記憶を喪失した人が自分とは何者か分からなくなってしまうのと同じように、日本という国が、自分を見失い、碇を無くした船さながら、漂流してしまうと思います。


(3) 上の(1)と(2)の土台にあるのは、国家のために尊い命を投げ出した人々に対し、国家は最高の栄誉をもって祀らねばならない、という普遍的な原則です。「普遍的な」というのは、これが国と国民の約束事として、世界中どこででも認められていることだからです。
 国家とは、国民を戦場へ連れ出し、命を投げ出させる権力をもつ存在でした。だとすれば、国家の命に応じてかけがえのない命を捧げた人を、当の国家が最高の栄誉をもって祀らなければならないのは、最低限の約束事であり、自明の理です。戦後のわれわれには、この当たり前の理屈がピンと来なくなっているかもしれません。何度でも強調しないといけないゆえんです。


(4) 「天皇陛下、万歳」と叫んで死んだ幾万の将兵は、その言葉に万感の思いを託したことでしょう。天皇陛下の名にこと寄せつつ、実際には故郷の山河を思い起こし、妻や子を、親や兄弟を思っていたかもしれません。しかし確かなこととして、明治以来の日本人には、上の(3)で言った国家との約束事を、天皇陛下との約束として理解し、戦場で死に就いてきた経緯があります。  
  ですからわたしは、靖国に天皇陛下のご親拝あれかしと、強く念じているのです。



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靖国・近代の戦い | コメント(14) | トラックバック(2)2006/08/10(木)10:49

「終戦の詔書」に思う

8月15日が近づくと、蝉の声以上にいろいろ五月蠅い声が聞こえてくる。
「浦安タウンのおもしろ経済学」のゼーゼマン榊さんが「終戦の詔書」を取り上げておられ、読ませて頂いく内に、そう言えば「堪へ難キヲ堪へ忍ヒ難キヲ忍ヒ」以外の部分をじっくり聞いたことも無ければ、ゆっくりと読んだことは無かった。
日本の戦後はこの「終戦の詔書」から始まったと言うことを考え、私も是非ブログに残しておこうと思った次第である。
こちらにお越し頂いている諸兄には、もう何度も読んだと言う方も多いと思うが、自身の感想、ご意見等頂ければ幸いである。


_/_/_/▼まずは原文▼_/_/_/_/_/


   詔書


朕深ク世界ノ大勢ト帝國ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク


朕ハ帝國政府ヲシテ米英支蘇四國ニ對シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ


抑々帝國臣民ノ康寧ヲ圖リ萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ遺範ニシテ朕ノ拳々措カサル所曩ニ米英二國ニ宣戰スル所以モ亦實ニ帝國ノ自存ト東亞ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ他國ノ主權ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス然ルニ交戰已ニ四歳ヲ閲シ朕カ陸海將兵ノ勇戰朕カ百僚有司ノ勵朕カ一億衆庶ノ奉公各々最善ヲ盡セルニ拘ラス戰局必スシモ好轉セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス加之敵ハ新ニ残虐ナル爆彈ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺傷シ慘害ノ及フ所真ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ尚交戰ヲ繼續セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招來スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯クノ如クムハ朕何ヲ似テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ霊ニ謝セムヤ是レ朕カ帝國政府ヲシテ共同宣言ニ應セシムニ至レル所以ナリ


朕ハ帝國ト共ニ終始東亞ノ開放ニ協力セル諸連邦ニ對シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス帝國臣民ニシテ戰陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者其ノ遺族ニ想ヲ致セハ五内爲ニ裂ク且戰傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ惟フニ今後帝國ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所堪へ難キヲ堪へ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス


朕ハ茲ニ國體ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ亂リ爲ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム宜シク擧國一家子孫相傳へ確ク州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ總力ヲ將來ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ國體ノ華ヲ発揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ體セヨ


御名御璽


昭和二十年八月十四日
各国務大臣副署


内閣總理大臣男爵 鈴木貫太郎
        海軍大臣     米内光政
        司法大臣     松阪廣政
        陸軍大臣     阿南惟幾
        軍需大臣     豐田貞次郎
        厚生大臣     岡田忠彦
        國務大臣     櫻井兵五郎
        國務大臣     左近司政三
        國務大臣     下村 宏
        大藏大臣     廣瀬豐作
        文部大臣     太田耕造
        農商大臣     石黒忠篤
        内務大臣     安倍源基
外務大臣兼
        大東亞大臣    東郷茂徳
        國務大臣     安井藤治
        運輸大臣     小日山直登


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靖国・近代の戦い | コメント(19) | トラックバック(2)2006/08/07(月)12:40

「昭和天皇、A級戦犯靖国合祀に不快感」のメモに思う

昨日は私の誕生日である。
記事とは何の関係も無いが、
その誕生日にしかも靖国神社に向かう電車の中で、
目の前の人が広げていた日経新聞の横抜き見出しがいやでも目に飛び込んできた。
たいそうな誕生祝いを頂いた。


こちらは、ウェブサイトの記事である。
_/_/_/▼NIKKEI NETより引用▼_/_/_/_/


昭和天皇、A級戦犯靖国合祀に不快感・元宮内庁長官が発言メモ
 昭和天皇が1988年、靖国神社のA級戦犯合祀(ごうし)に強い不快感を示し、「だから私はあれ以来参拝していない。それが私の心だ」と、当時の宮内庁長官、富田朝彦氏(故人)に語っていたことが19日、日本経済新聞が入手した富田氏のメモで分かった。昭和天皇は1978年のA級戦犯合祀以降、参拝しなかったが、理由は明らかにしていなかった。昭和天皇の闘病生活などに関する記述もあり、史料としての歴史的価値も高い。 (07:00)


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靖国・近代の戦い | コメント(22) | トラックバック(9)2006/07/21(金)08:12

千鳥が淵戦没者墓苑拡充の論議に思う

最近新追悼施設云々について、千鳥ケ淵戦没者墓苑拡充を絡めた動きが散見、否かなり頻繁に見受けられる。


_/_/_/▼北海道新聞より引用▼_/_/_/_/_/


千鳥ケ淵戦没者墓苑拡充 自民内で賛否 検討チーム初会合、議論難航も  2006/07/08 07:09
 自民党は七日、千鳥ケ淵戦没者墓苑(東京都千代田区)の整備に関するプロジェクトチーム(PT)=座長・武見敬三政調副会長=の初会合を開いた。隣接する国有地を利用して墓苑を拡充し、外国要人らが訪問しやすい施設にする目的で、本年度中にも結論を出す方向だ。ただ党内には靖国問題解決に向け同墓苑の国立追悼施設化を求める動きがある一方で、靖国神社の形骸(けいがい)化を懸念する声も根強く、議論は難航も予想される。
 同墓苑拡充を提案した中川秀直政調会長は初会合で「墓苑は入り口も狭く、なかなか一般者が出入りできない。しっかり整備するのが肝要だ」と狙いを説明。「靖国問題とか国立追悼施設とは関係ない」とも強調した。
 同墓苑には、主に第二次世界大戦中の戦没者で引き取り手のない遺骨約三十五万柱が安置されている。面積は約一万六千平方メートル。拡充の検討対象の国有地は、農水省や宮内庁の宿舎など約一万七千平方メートルで、実現すれば墓苑面積は倍になる。
 拡充案に対しては、新たな国立追悼施設建設を目指す議連の会長である山崎拓前副総裁が、「国立追悼施設として最有力な案」と賛意を示している。山崎氏らは、追悼の中心を靖国神社から同墓苑に移すことで、靖国問題解決につなげたいとの期待を抱く。
 一方、日本遺族会会長を務める古賀誠元幹事長は「靖国神社は戦没者遺族の唯一の追悼施設」と語っており、同墓苑拡充案を含め新たな追悼施設建設には反対の姿勢だ。この日の会合でも出席者から「靖国神社との関係はどうなるのか」など拡充後の墓苑の定義などをめぐる質問が相次ぎ、論争は過熱気味だ。


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靖国・近代の戦い | コメント(18) | トラックバック(1)2006/07/08(土)11:38

新しく発見された「戦艦大和」の写真に思う

戦艦大和、沖縄出撃直前の写真が発見されたそうだ。


_/_/_/▼Sankei Webより引用▼_/_/_/_/_/
戦艦「大和」出撃直前の写真発見 広島、呉の歴史科学館
 
新たに発見された山口県周南市沖の瀬戸内海に停泊する出撃直前の戦艦「大和」(米国立公文書館所蔵、大和ミュージアム提供)
 広島県呉市の市海事歴史科学館は3日、昭和20年4月の沖縄特攻出撃直前の戦艦「大和」を上空からとらえた写真を発表した=写真(大和ミュージアム提供)。米国立公文書館で発見された。
 大和には雑役船が横付けされており、周囲を巡洋艦「矢矧(やはぎ)」や駆逐艦など6隻が取り囲んで護衛にあたっている。出撃前の無傷の状態の写真は珍しいという。
 大和の10分の1模型を復元、展示する同科学館は「復元作業は数少ない図面や関係者の証言などを基に行ったが、今回の写真でほぼ正確だったことが裏付けられた」と話している。
(07/03 23:12)
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http://www.sankei.co.jp/news/060703/sha113.htm



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靖国・近代の戦い | コメント(24) | トラックバック(5)2006/07/05(水)17:55

山崎派提言・古賀氏発言に思う

今日、靖国神社にお参りした。
「みたままつり」の準備であちこちに業者さんが働いておられた。
紅白の柱は一本一本作業員の方がテープを巻くんですね。
大変な作業である。ご苦労様と申し上げたい。


賽銭箱の前で3人の男子小学生がお参りしていて、手を打ち結構長いことお辞儀をしていた。
何か、お願いしてたのであろうか?
私が、横で賽銭を投げ「2礼2拍手1礼」をすると、その小学生のひとりが、
「正しいお参りはね、2回お辞儀して2回手を打って1回お辞儀すんだよ!」
と後のふたりに「解説」していた。思わず苦笑してしまった。
昨日の夜から以下の記事に接して、血が上っていた私を和ませてくれた小学生に感謝したい。


しかし、書かずには居られなかった。本日は多分乱筆・暴言極まる予感がある。あらかじめお詫びしておくことにする。





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靖国・近代の戦い | コメント(15) | トラックバック(2)2006/06/22(木)23:27

報道2001に生出演の麻生大臣の発言に思う

一晩考えたがやはり、記事に上げてみようと思う。
報道2001に、麻生大臣が生出演していた。
今日は靖国問題の部分について書くが、他にも「らしい」発言があったので、その時の質問や司会者の反応は何処かで動画でも見て欲しい。
例えば「サマワの日本軍?」「僕は大蔵省?の」「僕に何を言わせたいの?」等等。
本題の靖国について、麻生大臣は最近以下の様な発言をされたと言われている。
「誰でもがこだわり無くお参りできるほうが良い」
「靖国神社は宗教法人だから国からいろいろ言うわけには行かない」
「向こう(靖国神社)から言ってもらわないと」


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靖国・近代の戦い | コメント(9) | トラックバック(1)2006/06/19(月)08:35

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