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軍艦島に上陸した

 10月30日、社の慰安旅行で、長崎の「軍艦島」に行きました。
 本名?「端島(はしま)」と言う、1890年から日本の近代化を支えてきた海底炭鉱の島です。
 離れて見ると、帝国海軍の不運の戦艦「土佐」に似ているところから「軍艦島」と呼ばれています。
 軍艦島を語ると長くなりますので端折りますが、廃墟となった軍艦島は、間違いなく日本の歴史の大きな遺産のひとつだと思います。
 最盛時には、この周囲1200mの島に、5000人が住んでいたそうですが、炭鉱閉山後無人島となり、密集した建築物は倒壊の恐れがあるために、一般の人の上陸を禁止していました。
 しかし、平成21年4月に、この歴史の遺産を少しでも知ってもらうために、安全通路と見学場所を整備し、1度に上陸出来る人数に制限を設けるなどして、上陸が許可されました。
 長崎港から19km南西にあり、所謂外海にありますので、天候(特に風・波高)によっては上陸が許可されません。
 去年1年間の上陸可能日数は120日程でそうで、上陸した人は、船会社から「上陸証明書」がもらえます。

   軍艦島_証明書_1200w
 
 旅行の直前まで、台風の影響で、船が出るかで無いかも分からない状況から、無事に上陸できた事は運が良かったと思います。

 以下に、パンフレットと撮って来た写真の一部を掲載しておきます。

   黒ダイヤつわものどもが夢のあと

 島の案内パンフレットです。
 写真の説明とあわせて御覧下さい。

 軍艦島_パンフ_コース

 軍艦島の船着場に到着、接岸、上陸です。

軍艦島_02_船着場接岸 軍艦島_03_上陸

 上陸後トンネルを抜けますが、出口付近にさらに奥へ進むトンネル入り口があります。
 このトンネルは、島の工場エリアを抜けて住居エリアへの通路です。
 右の写真のカーブしたコンクリートの道は、そのトンネルの天井です。

軍艦島_04_住居エリアへの地下道入口 軍艦島_07_第2見学広場から北西

 第一見学広場から北東を見た所です。
 がけの上の3号棟(職員住宅)です。

軍艦島_05_第1見学広場から北東 軍艦島_職員住宅

 左の写真は、65号棟(鉱員住宅・屋上幼稚園)、奥は70号棟(端島小学校・中学校)、右はベルトコンベアの門柱です。 

軍艦島_06_第1見学広場から北東_端島小学校 軍艦島_ベルトコンベア

 第二見学広場で、上のトンネル天井が見える風景から右側に視線を向けると、倉庫・総合事務所・縦坑入り口(階段が見える)です。

   軍艦島_08_第2見学広場から北

 第三見学広場から見た、仕上げ工場、30号棟(下請け飯場)、25号棟(職員社宅)、31号棟(鉱員社宅、共同浴場、郵便局)、右の写真は、第三見学広場側の25メートルプールの跡です。

軍艦島_09_第3見学広場から北北東 軍艦島_10_第3見学広場横プール

 そして、やはりここは日本、神社(端島神社)が建立されていました。

   軍艦島_端島神社

 最後に海から見た「軍艦島」です。
 左は北東から、右は東北東から見た軍艦島です。

軍艦島_11_北東から 軍艦島_01_東北東から

 左は東から、右は南から見た軍艦島です。

軍艦島_12_東から 軍艦島_11_南から

 左は西から、右は北西から見た軍艦島です。

軍艦島_13_西から 軍艦島_13_北西から

 現地の説明員の説明に依ると、この海底炭鉱の現場は、地下1000m、水平方向に2000mと言う所だそうで、気温30℃、湿度90%という環境だったそうです。
 鉱員は上がって来ると、白いのは目と歯だけの状態で、そのまま風呂にも入れません。
 風呂はまず海水の第一風呂に作業服のまま入り、第二の海水風呂で体の汚れを落とし、最後に真水(淡水)の、所謂「風呂」に入ってから、帰宅したそうです。
 身体は洗えても、全身を真っ黒にする炭塵が充満してる訳ですから、当然に炭塵による病気も多かったと想像できます。
 一般の鉱員の住宅は、6畳一間で、共同のトイレと風呂だったそうですが、島内には、幼稚園、小学校、中学校、病院、郵便局、映画館、パチンコ屋、役場、老人クラブ、商店等もあり、電化率は100%、TVも普及率100%、映画館は日本で最初の封切りだったそうです。

 いくらTVが100%普及していようと、現在から考えれば、相当に劣悪な環境の中で、日本の再興を支えていた先人の方々がここに居たということを、私達は感謝の気持ちとともに、忘れてはいけないと思います。



 最後にオマケで、三菱長崎造船所で定期点検中の海上自衛隊の護衛艦(DDG-176)イージス艦「ちょうかい」と、長崎港に停泊していた、海上保安庁の巡視船(PL-05)「でじま」の写真を載せておきます。
 ちなみに「でじま」は長崎保安部の前は福岡保安部に配属されており、船名は「はかた」でした。

 護衛艦「ちょうかい」
軍艦島_出航_イージス艦 軍艦島_出航_イージス艦2

 巡視船「でじま」

巡視船でじま 巡視船でじま船尾

 こちらにも、感謝の気持ちを忘れてはいけませんね。

先人達は凄い!と思う方→  






 


 




   



 

 


 

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一息・日本の力 | コメント(2) | トラックバック(0)2010/11/01(月)12:51

コメント

お邪魔します

 軍艦島は現在は上陸が許可されていたのですか。昔々に日本の産業を支えていたその雄姿を見、私もいつか訪れたいと思いました。

 私は「日本人よ誇りをもて」に時々お邪魔している木下というものです。本日は朝日新聞やレイバーネットが韓国人なら日本人を殺してもよいと本気で考えていると判明したのでお知らせいたします。
 殺人妄想を「今号のきめゼリフ」などと持ち上げ、感激の涙を流すなど、まともな人間ではありません。連中の危険性を広めたいと思います。

かわら版・ジャパンユニオン 2010/11/1 第256号
http://www.labornetjp.org/news/2010/1288575471080staff01

2010/11/01(月)16:25| URL | 木下 #- [ 編集]

Re: お邪魔します

☆木下 さま
 コメントありがとうございます

>お邪魔します
・いらしゃいませ。

>軍艦島は現在は上陸が許可されていたのですか。昔々に日本の産業を支えていたその雄姿を見、私もいつか訪れたいと思いました。
・平成21年4月19日から解禁されました。
 島の中央に入ることは出来ませんが、上陸すると「何か!」を感じると思います。
 
>私は「日本人よ誇りをもて」に時々お邪魔している木下というものです。
・何度かお見受けいたしました。

>本日は朝日新聞やレイバーネットが韓国人なら日本人を殺してもよいと本気で考えていると判明したのでお知らせいたします。
 殺人妄想を「今号のきめゼリフ」などと持ち上げ、感激の涙を流すなど、まともな人間ではありません。連中の危険性を広めたいと思います。
 かわら版・ジャパンユニオン 2010/11/1 第256号
 http://www.labornetjp.org/news/2010/1288575471080staff01
・被害妄想の極みでしょうが、元々の集り精神に差別の調味料で味付けすれば、こういう人間が出来上がると言うことの典型ですね。

2010/11/02(火)14:09| URL | tono #- [ 編集]

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