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セクハラサイコロ

 日テレニュース24の記事によると、
http://www.news24.jp/articles/2010/10/26/07169349.html

 「埼玉・入間市の小学校で、男性教諭(59)が6年の児童に罰と称してキスをしたり抱きついたりしていたことがわかった。男性教諭は罰を選ぶ際、『セクハラサイコロ』と名付けた、自分で作ったサイコロを使っていた」と言う事です。
 この教諭は生徒には人気があり、この先生の教え子であった方の日記などで、反論・擁護もかなり見受けられます。
問題を訴えた保護者に、男性教諭は「サービス精神でやった」などと説明していたそうです。
つまり、罰として、「セクハラサイコロ」を使い「サービス精神」で「キスをしたり抱きついたりしていた」という事実が浮かびます。
この事実が違っていれば「マスコミの捏造報道」と言う擁護派の指摘は当然だと思います。
しかし、私は、本人が「サービス精神でやった」と言う部分は信用するしかないと思い、事実は間違っていないと考えました。
そうであれば、「大多数の生徒は嫌がっていない」「ユーモア」等と言う擁護論を私は受け付けません。
この教諭は教師失格だと思います。
私の考える理由は以下の通りです。

1)本件は、躾の為に「罰」として行われたはずであるので、生徒が嫌がらなければ意味が無いと考えます。
 しかし、嫌がっても「キス」や「ハグ」は到底適切な方法とは考えられません。
 相手が、最も多感で、精神的・性的に発展途上にあり、その成長度のバラつきも大きい小学6年生である事を全く考えていないと思います。
 その様な小学6年生に対して、やるべき行為とは到底思えません。

2)ゲーム感覚だとか、生徒は嫌がって居ないと言う反論があります。
 今年の「トイレ川柳」の入選作は「お仕置きで 閉じこめたのに はしゃいでる」だそうです。
 この川柳の様に、もしも全員が嫌がらないのであれば「罰」になっていないと言う事です。
 そして「罰」で無ければ、ただ、いい歳の男性教師が、ゲーム感覚で、小学6年生相手に「キス」や「ハグ」をしたという事になります。
 これは「罰」として以上に、破廉恥極まりない行為と考えます。
 
3)全員ではなく「大多数」の生徒は嫌がって居なかった!と言う場合はもっと深刻では無いでしょうか?
 例えば、その行為を受けた生徒が、「大多数に含まれない」生徒であったとすれば、嫌がる生徒の気持ちに気付かないままに、教師と大多数の生徒は「楽しんでいた」と言う事になるのではないでしょうか?
 これが、無神経なお友達教師のクラスに良く起こる、クラスぐるみの「いじめ」そのものでは無いのでしょうか?
 その行為がいじめに繋がっていると言う事にすら気が付かないまま「自分は!楽しかった」と成長した大人達が、この教諭を擁護しているように思えてなりません。
 
 問題を訴えた保護者の言う真の「問題」が如何なるものかは知る由もありませんが、私は本件に関して記事を読んだ限りでは以上の様に思った次第です。
 
 なお、蛇足ですが「罰」が「ビンタ」であれば、私はこの教師に問題があるとは考えなかったと思います。


 やはりおかしい!と思う方→  

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国旗・国歌・文化・伝統・教育・躾 | コメント(11) | トラックバック(0)2010/10/28(木)16:35

コメント

そうかしら

子供は何でもたのしいのさ

2010/10/28(木)22:13| URL | さゆり #jYTVg54g [ 編集]

Re: そうかしら

> 子供は何でもたのしいのさ
・そうさ!子供は善悪分からずたのしいのさ!
 その、善悪を教える大人が、一緒になって楽しんで良いわけが無いと思います。
 

2010/10/29(金)14:05| URL | tono #- [ 編集]

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このコメントは管理人のみ閲覧できます

2010/10/29(金)16:46| | # [ 編集]

しつけに値するかどうか

これは、しつけを行う側にとって、その行為は楽しいか、負担かと言う事が詮索されるべきですね。しつけにかこつけて、行う側が楽しむような事態になったならば、何かと口実をつけて「しつけ」に走る事もあり得るでしょう。そうなったら、それはとてもしつけとは言えません。

2010/10/30(土)19:22| URL | DUCE #- [ 編集]

教育の荒廃は教師をもダメにしている

最近の教師の不祥事を聞くと、聖職と云われた時代からは信じられないことばかりです。

私の小学校時代は、尋常小学校という名称が残っており、二宮尊徳の銅像があったのを思い出します。

「三歩下がって、師の影を踏まず」との言葉があったぐらいで、教師は、常に尊敬される対象でした。先生に体罰を受けても、親は、それはあなたがちゃんとしなかったからでしょと、教師に対する信頼は絶大なものでした。

教育勅語、修身教育の復活が必要です。また、日教組を解体、教師の適正に関しても厳密な資格規定が必要ですね。

2010/10/31(日)11:09| URL | bingo #mIug5Ryo [ 編集]

Re: しつけに値するかどうか

☆DUCE さま
 コメントありがとうございます
 
>これは、しつけを行う側にとって、その行為は楽しいか、負担かと言う事が詮索されるべきですね。
・そういう見方もありますね。
 躾の為に罰を与えるほうも、楽しい物では無い筈ですね。
 
>しつけにかこつけて、行う側が楽しむような事態になったならば、何かと口実をつけて「しつけ」に走る事もあり得るでしょう。そうなったら、それはとてもしつけとは言えません。
・それは、虐待となるでしょうね。

2010/11/01(月)15:39| URL | tono #- [ 編集]

Re: 教育の荒廃は教師をもダメにしている

☆bingo さま
 コメントありがとうございます
 
>教育の荒廃は教師をもダメにしている
 最近の教師の不祥事を聞くと、聖職と云われた時代からは信じられないことばかりです。
 私の小学校時代は、尋常小学校という名称が残っており、二宮尊徳の銅像があったのを思い出します。
・既に「教師」は殆ど存在せず、職務をこなす「教員」ばかりになっています。

>「三歩下がって、師の影を踏まず」との言葉があったぐらいで、教師は、常に尊敬される対象でした。先生に体罰を受けても、親は、それはあなたがちゃんとしなかったからでしょと、教師に対する信頼は絶大なものでした。
・躾に関して、親と教師が相違を見せる事は余りありませんでしたよね。
 学問が絡んで「教育」となると、教師が絶対的な信頼を得ているようでしたが、今や学問すら教えられない教員が居ます。
 
>教育勅語、修身教育の復活が必要です。また、日教組を解体、教師の適正に関しても厳密な資格規定が必要ですね。
・そのとおりだと思います。
 が、文科省の役人もまた怪しいので、やはり国民ひとりひとりが目を覚まし、議員を選び、大臣を変えて省内を変えていくしか無いのでしょうね。
 安倍政権の時の教育指導要綱は、トップの強い意志と、パブリックコメントの力で成立しましたからね。

2010/11/01(月)15:49| URL | tono #- [ 編集]

そうかしら2

結局は、サイコロがどれくらいの強制力をもってどう使われていたのかが、具体的にハッキリしないと分からないですよね。
マスコミが騒げばそれなりの内容だってことも限らないし。
また、子供相手がゆえに、二次災害(いじめなど)はどう対応していたかが一番の気になります。

躾って、善悪の判断理由が必要なだけ伝わって、その価値観がみんなで共有できることに意味があると思うんです。

親にいつもぶん殴られて叱られる子と、
口頭で気が済むまで罵られ叱られる子と、
理路整然と対応されてプレッシャーだけ与えられる子と、
同じように学校で先生が叱っても反応違いますよね。
そういう中で、生徒の気を引いて取りまとめるんですも大変ですよ、きっと。

我々世代は、先生にビンタされて耳の鼓膜破られたり(この先生はさすがに飛ばされました)、
髪の毛引っ張って体育小屋につれてかれた子が左眉毛部分が晴れて太ももにドーナツ型のアザを作ってでてきたり、
先生は後に残る傷をつくらなければ、なんでも許されてましたよね。
なので、校則破って見つかったときには、どうやって殴られるか、殴られた後に顔が飛ぶけれども、
どうやってかっこいい飛ばされ方にするか、なんかをイメージトレーニングしていましたよね。
なので、今よりも色々な面で過激だったのは事実かもしれません。

「先生、どうして殴るんですか?」と聞けば、
「どうして殴られることをするんですか?」といわれている子を見たことがありました。

親は、みんながやられているなら、うちの子も仕方ないと判断して中々いえない状況でしたよね。
それに、子供に先生の悪口を吹き込めば、信頼関係も壊れるので控えていたと思います。

ただ、過激な先生も独身30代の男に多くて、既婚者は子供ができたとたん、穏便になる先生とかいて、後に話のネタになっていました。

それら先生方が、我々世代を作ったわけですが、どうなんでしょう。
みんなが対等にやられているコトに対しては、さほど文句はないかもしれません。
ただ、先生からのいじめや、えこひいきなどであれば、根に持つ方もいると思います。

今の世代で少し気になるのは、今の子がわがままな一人っ子で、
家で親に学校の先生の悪口を吹き込まれながら学校に通っていて、一体どういう大人になるんでしょうね。

2010/11/17(水)02:24| URL | さゆり #- [ 編集]

Re: そうかしら2

☆ さゆり さま
 コメントありがとうございます
 
>結局は、サイコロがどれくらいの強制力をもってどう使われていたのかが、具体的にハッキリしないと分からないですよね。
 マスコミが騒げばそれなりの内容だってことも限らないし。
・サイコロの強制力はともかく、実際に教諭が生徒に「キス」や「抱きつき」をした事実があるかどうかが問題ですね。
 mixiに同じ日記を揚げた時に、以前から行われていた事だが、実際には、キスのふり、抱きつくまねしかしていない、現地では署名運動も始まった等と言うコメントが複数ありました。
 実際にご子息が当該教諭のいる学校に通っていた、あるいは本人がそうであったと言う方々の様です。
 これでは、そもそも報道の誘導以前に、論議の対象となっている「事実」そのものが異なりますし、何の署名でしょうかね?
 方々には、報道に抗議すべきであり、もし報道が「事実」でなければ、証拠とは言わないまでも、十分に信頼に足る情報を提供して下さい。それが確認できれば、事実でない報道による名誉毀損の記事・日記を掲載しますとお願いしましたが、以後返答はありません。

>また、子供相手がゆえに、二次災害(いじめなど)はどう対応していたかが一番の気になります。
・これは、仰るとおりですね。
 私も、それが一番心配です。
 
>躾って、善悪の判断理由が必要なだけ伝わって、その価値観がみんなで共有できることに意味があると思うんです。
 親にいつもぶん殴られて叱られる子と、
 口頭で気が済むまで罵られ叱られる子と、
 理路整然と対応されてプレッシャーだけ与えられる子と、
 同じように学校で先生が叱っても反応違いますよね。
 そういう中で、生徒の気を引いて取りまとめるんですも大変ですよ、きっと。
・家庭での個人としての躾は様々でしょうが、学校に於いて、教諭が個々の子供に個人の躾を行うのは仰る様に無理があると思います。
 学校で教えるべくは、集団・社会の中の一員としての躾だと思いますので、教諭が決めた罰を分け隔てなく行う事が重要だと思います。
 その罰に、多感な性的に未熟かつ成熟度にばらつきの大きい子供を相手に、性的な罰は論外です。
 
>我々世代は、先生にビンタされて耳の鼓膜破られたり(この先生はさすがに飛ばされました)、
・当然です。
 怪我をさせるような殴り方は、罰を通り越えています。
 
>髪の毛引っ張って体育小屋につれてかれた子が左眉毛部分が晴れて太ももにドーナツ型のアザを作ってでてきたり、
 先生は後に残る傷をつくらなければ、なんでも許されてましたよね。
・少なくとも私のいた学校では、体罰は大いにあったし、バレーボールの大会で保護者の前でビンタをする先生も居ましたが、何でも許されている訳ではありませんでした。
 痛さを与えて、障害や傷を残さない方法を良く知っている教師が多かったのかも知れませんね。
 
>なので、校則破って見つかったときには、どうやって殴られるか、殴られた後に顔が飛ぶけれども、
 どうやってかっこいい飛ばされ方にするか、なんかをイメージトレーニングしていましたよね。
・そうなんですか。
 私はそんな事は考えた事はありませんので、殴られる時はただ、殴られていました。
 ただし、こちらが罰に値していると認識している場合ですが・・
 
>なので、今よりも色々な面で過激だったのは事実かもしれません。
・確かにある意味過激ですね・・

>「先生、どうして殴るんですか?」と聞けば、
 「どうして殴られることをするんですか?」といわれている子を見たことがありました。
 親は、みんながやられているなら、うちの子も仕方ないと判断して中々いえない状況でしたよね。
 それに、子供に先生の悪口を吹き込めば、信頼関係も壊れるので控えていたと思います。
・子供の主張が正しいと親が信じれば、親が学校に行って直接教諭と話をすべきです。
 子供に先生の悪口を吹き込む等は、既に親が親として失格でしょう?

>ただ、過激な先生も独身30代の男に多くて、既婚者は子供ができたとたん、穏便になる先生とかいて、後に話のネタになっていました。
 それら先生方が、我々世代を作ったわけですが、どうなんでしょう。
・過激が教育の範囲を逸脱していれば、子供を護るのは親の仕事ですから、親としてその先生に対処すればよい事です。
 それらの先生と、親が作ったのだと思います。
 
>みんなが対等にやられているコトに対しては、さほど文句はないかもしれません。
 ただ、先生からのいじめや、えこひいきなどであれば、根に持つ方もいると思います。
・今回、私が問題にしている点にそれが含まれて居ますね。
 先生が生徒と仲良しクラブを形成する事によるクラスぐるみの苛めの問題です。
 根に持つくらいで済めば良いですが、現在では殺人にまで至る事件が起こっていますから、重要です。
 
>今の世代で少し気になるのは、今の子がわがままな一人っ子で、
 家で親に学校の先生の悪口を吹き込まれながら学校に通っていて、一体どういう大人になるんでしょうね。
・それは、私も感じます。
 わがままに育てるのは親だし、先生の悪口を吹き込むのも親、こういう環境で、異常にすべてを教師の勢にして自らの責任を放棄する親、こういう親を相手にする教師は大変だと思いますが、だからと言って、いやだからこそ、仲良しクラブを形成したり、性的な罰を行う事は決して教師としてはやってはいけない事だと思います。

2010/11/17(水)11:29| URL | tono #- [ 編集]

仲良しクラブを形成ってわるいことなのかしら?
私はあまりわるいとは思いませんわ

2010/11/18(木)00:12| URL | さゆり3 #- [ 編集]

Re: タイトルなし

☆ さゆり3 さま
 コメントありがとうございます
 
> 仲良しクラブを形成ってわるいことなのかしら?
> 私はあまりわるいとは思いませんわ
・先生と生徒が、教室で仲良しクラブを形成して、仲良しクラブに入れない子はどうなるのでしょう。
 仲良しクラブの、ある小集団がい苛めをしていたときに、仲良しクラブでは無い子はどこに助けを求めるのですか?
 本来中立でなくてはならない教師は、苛め側の仲間ですから言えませんよ。
 行き場の無く追い詰められた子は二つの道しか残りません。
 自殺!か反撃!(それも殺さなければ意味が無い)
 象徴的な事件は幾らでもあるでしょう?
 教師が生徒と同じところまで降りてきてはいけないのです。
 こんな基本的な事が分からない親が、こんなろくでもない教師を助長させ、いつの間にか目に見えない苛めの共同正犯となっているのだと考えます。
 そして「事!」が起きるまで、あるいは起きても共同正犯である事に気が付かないか責任逃れに終始するのです。
 子供同士の仲良しクラブは結構ですが、教師は全生徒に対して、絶対的に公正・中立であるべきだと思います。

2010/11/18(木)08:52| URL | tono #- [ 編集]

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