天皇こころ説

 私はもう三年もすれば還暦を迎える。
 しかし、恥ずかしながら、自分の生まれ育った日本の事を、殆ど知らない事に気が付いたのは、ここ十年位の事である。
 最近少し、自分なりに日本と言うものを理解してきた気がしている。
 思い込みかも知れないが・・・
 私如きが言えることでは無いかもしれないが、昨今の日本のドタバタ劇の大きな要因の一つは、政治家に確固たる「国家観」が欠落している事ではないかと思う。
 最近、私なりに日本と言う国と天皇について考え、書き留めたものがある。
 私は物書きでもないし、政治や歴史の専門家でもない。
 それでも、脳内に沸々と湧く物があったので文章にしてみた。
 稚拙である。
 下手である。
 しかし、一人でも何かを感じて頂ければ、こんな嬉しい事は無い。
 一応題名も付けてみた。
 
 「天皇こころ説」
 
 ちょいと、畏れ多い気もする。

 読むだけ読んでやろう!と思う方→  


_/_/_/_/_/_/ 天皇こころ説 _/_/_/_/_/_/

●はじめに
 本稿に私が述べている事は、現在のところ、私の脳内に定着している「国家感!」であり「天皇」の概念です。
 一般には「国家観」と言う字が使われるのかも知れませんが、私は国家を外から観察できるほど多くの知識も無ければ能力も持ち合わせません。
 そんな私が、唯一語れるとすれば、それは私自身が感じた事だけだと思います。
 従って、ここでは「国家感」という字になります。
 これは正しいとか間違いとか言われても、何とも反応し難い事をご承知おき頂ければ幸いです。
 共感できる、共感出来ないと言うご意見や、事実関係の間違い等は真摯に受け止めたいと考えますので、どしどしお寄せ頂ければ幸いです。
 今から述べる事は、そのような概念である事をあらかじめお断りしておきます。

●「国體(こくたい)」
 国家とは何か?
 私は、国家とは「国體」と「国民」によって形成されると考えます。
 ならば日本の「国體」とは何か?

  「富士と櫻の日本に 良くぞ男と生まれたる・・」

 と言う歌があります様に、富士のお山を擁き、春ともなれば美しい櫻が咲き誇り、四季折々の自然美を持ち、四面を海に囲まれた美しい国土がその一つであります。
 国土は諸外国でも、必要欠くべからざるものですが、日本にだけは、もうひとつ諸外国に無いものがあります。
 天皇です。

   日の本は芙蓉の峰を擁く地に天皇(すめらみこと)の坐(おわす)國かな

 「天皇と美しい国土」これが日本の「国體」だと考えます。
 何れが欠けても「日本」ではなくなると思うからです。

●「国民」
 前に述べた「国體」の下(もと)に、多くの勤勉で礼儀正しく働き者の「民」が在ます。
 ここで言う働き者と言うのは、決して稼ぎが良いとか言う事ではありません。
 古来より日本には、新嘗祭等の祭事にも象徴されるように、「働く事は誇りであり、働ける事に感謝する」と言う概念がありました。
 ここに言う働き者とは、そういう概念を持ち合わせている者と言うことです。
 このような「民」を「国民」と言うのだと思います。

●「国在りて民あり」
 日本以外の諸外国では「民在りて国あり」と言う概念で国家が形成されていると考えます。
 民が多く集まり領土があれば国家が形成され、これは、君主制であっても共和制であっても基本的に大差無い様に思われます。
 しかし、日本は違います。
 世界でただ一つの「国體」を持つ国家だからです。
 日本の場合、まず「国體」があり、そこに民が暮らす、即ち「国在りて民あり」という概念が相応しいと考えます。

●「政府」
 さて現実には、民が在れば、社会が形成されます。
 社会が形成されれば、秩序が求められます。
 また、世界中には多くの国が存在する以上、外交や、独立国家としての存在を維持する必要もあります。
 それらを担うのが、民に選ばれた「政府」であります。
 「政府」と言っても、この場合は、行政府に留まらず立法・司法も含む、もっと言えば公務員全体と考えてよいと思います。
 つまり「政府」というものは、民により直接・間接的に選ばれた最も誇り高き公僕であります。
 故に、より強い権限を与えられているのです。
 直接にせよ、間接にせよ公僕を選ぶ者は「民」であります。
 諸外国、特に共和制の国々では「民在りて国あり」と言う概念が主流ですから、選ばれて護るべきは「民」かも知れません。
 しかし「国在りて民あり」の日本においては、「民」を護る為にも、まず護るべきは「国體」である事が必然です。
 「国體」無くしては「国民」も「国家」も存在し得ないからです。
 
●「天皇こころ説」
 「天皇機関説」なるものがあります。
 詳しくは知りませんが、国を法人と見立てる思考だそうです。
 ならば私は「天皇こころ説」を唱えたいと思います。
 日本と言う国家を、法人等ではなく生身の人間に見立てます。
 国土は肉体相当するでありましょう。
 そして天皇は、「こころ」ではないかと思うのです。
 日本という生きた「国家」の「こころ」が天皇であるという事です。
 そうなると、民は血液になるのかもしれません。
 「政府」は、情報を得る為の五感や筋肉等の実働部分とでも例えれば良いでしょう。
 そう考えると、日本と言う国家における「天皇」の存在が、難しく考えずとも、なんとなく理解できるのでは無いかと思います。
 
●「君民共治」
 ユダヤ人の思想家ルソーは、理想の国家統治形態を「君民共治」と考えたそうです。
 しかし、彼の経験と思想では、君と民は必ず利害相反するので、これは不可能であろうと考え、次善の形態として「民主主義」がよろしいと言ったとも伝えられています。
 ところが、日本を知るに及び「ここにはあり得ないと思っていた君民共治が存在する」と驚いたと言われます。
 日本は、ルソーの言う理想の「君民共治」なのでしょうか。
 私は、日本と言う国家は、ルソーの言う「君民共治」とは違うと思います。
 「君民」と言うからには、君主が存在しなければならないはずです。
 「君主」と言うのも「民在りて国あり」の概念から出たものだと考えます。
 如何にルソーと言えども、「天皇」を「君主」の次元でしか理解していない、日本の「国體」の観念が理解できていない様に思えるからです。
 大思想家に対して、私如きが言えるものでは無いかもしれませんが、私はそう感じます。

●「おわりに」
 天皇は元首でしょうか。
 私は、「元首」と言う呼び方自体も「民在りて国あり」の発想だと思っています。
 日本に「元首」は不要と考えます。
 日本には「天皇」が存在するからです。
 日本の「天皇」を英語に訳すときに「emperor」と訳してしまってはいけないのです。
 「天皇」は「tennow」と訳すべきだったのです。
 因みに神道に言う「神」を「god」と訳すのも間違いです。
 こちらは「kami」とすべきで、基本的に単複同形ですが、意図して使う複数形は「kamigami」で良いのです。
 「kamikaze!」は外国でも通じるでしょ?

 現実社会において、特に外交において、他国の元首が訪日される場合などに、その格式・国際儀礼上、首相では礼を失する場合も在ろうかと考えられます。
 その場合は、日本の国體そのものである「天皇」が「天皇陛下」としてお迎えすることに何の不都合も無いと考えます。

 天皇は象徴でしょうか。
 ここまで述べた事からお分かりいただけると思いますが、日本の「国體」そのものである天皇は、紛れも無く日本の象徴であると思います。
 もちろん、この場合の「象徴」は「日本の国體そのもの」と言うことであって、現日本国憲法に言う「日本国民統合の象徴」だの「国民の総意に基づく」だのという「象徴」とは、全く相容れないものである事は当然です。

 天皇の靖國神社御親拝が途絶えて久しいですが、これは日本と言う、生きている国家の「こころ」に病があると見て間違いないのでは無いでしょうか。
 そして、それは、体内を駆け巡る「血液」によってもたらされている様に思えてなりません。
 すなわち「民」が「国民」になり切っていないとも言えると思います。
 私達は、この世界にたった一つしかない「国體」を持つ国家に、生を受けたことに感謝し、その「国民」であることに矜持を持ち、当然に「国民」として、この国を護っていかなければならないと思います。
 「天皇こころ説」とは、「国在りて、民あり」とは、そういう事だと考えます。

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 以上、まとまりが無いが、私の暴論的「天皇こころ」説である。
 最後まで読んで頂いた方には、こころより御礼申し上げる。

 とにかく読んだぞ!と言う方→  

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天皇・国體・皇室 | コメント(2) | トラックバック(0)2009/08/26(水)14:22

コメント

大御心

こころ説。なるほど、しっくりきますね。

そういえば明治神宮のおみくじは「おみくじ」とは言わず「大御心」というのですよね。そして明治天皇の御製か昭憲皇太后の御歌が一句書かれています。
教育勅語よりももっとやわらかな言葉で、身に滲みるような、私たち国民が日頃心に留めておきたいような句を詠んでくださっています。
明治時代だけでなく、昭和天皇の御製、美智子皇后陛下の御歌にも、私たち国民を按じてくださっている「御心」を感じることが何度もありました。




2009/08/27(木)23:56| URL | milesta #S4B2tY/g [ 編集]

Re: 大御心

☆milestaさん
 コメントありがとうございます

> こころ説。なるほど、しっくりきますね。
・そう感じて頂ければ嬉しいです。

> そういえば明治神宮のおみくじは「おみくじ」とは言わず「大御心」というのですよね。そして明治天皇の御製か昭憲皇太后の御歌が一句書かれています。
> 教育勅語よりももっとやわらかな言葉で、身に滲みるような、私たち国民が日頃心に留めておきたいような句を詠んでくださっています。
> 明治時代だけでなく、昭和天皇の御製、美智子皇后陛下の御歌にも、私たち国民を按じてくださっている「御心」を感じることが何度もありました。
・歴代の天皇・皇后両陛下の御製、御歌には、本当に日本のこころが現されていると思います。
 私が「こころ説」を書きとめたのも、これらの御製・御歌の影響が少なからずあります。

2009/08/28(金)08:42| URL | tono #- [ 編集]

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