日本武尊

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 猿之助の新作歌舞伎「ヤマトタケル」は日本古代の日本武尊伝説に題材を取っている事はご存知ですね。
 日本で最初に「女装」をした「男」かも知れません。


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 日本武尊伝説は上の様に「国史画帖 大和櫻」に載っていますが、『尋常小学国史』でもきちんと描かれています。

_/_/_/_/_/▼尋常小学国史より引用▼_/_/_/_/_/

 第十二代景行天皇の御代になつて、九州の南の方に住んでゐる熊襲(くまそ)がそむいたので、天皇は御子の小碓尊(をうすのみこと)にこれをお討たせになつた。尊は、御生まれつきくわつぱつで、その上御カもたいそう強い御方であつたから、この頃まだ十大の少年でいらつしやつたが、おほせを受けると、すぐ九州へお出かけになつた。熊襲のかしらの川上(かはかみ)のたけるは、かうしたことがあらうとは夢にも知らず、大勢のものといつしよに酒を飲んで楽しんでゐた。専は、御髪をとき、少女の御すがたになつて、たけるに近づき、剣をぬいてその胸をお刺しとほしになつた。不意をうたれたたけるは、たいへん驚いて、「何とお強いことでせう。あなたは実に日本一の強い御方です。これからは日本武(やまとたける)と御名のりなされよ。」と申しあげて、息が絶えた。
尊は、そこで御名をお改めになり、めでた大和にお帰りになつた。


_/_/_/_/_/▲_引用ここまで▲_/_/_/_/_/

 「神武天皇」と同じく濤川栄太氏の著書『戦後教科書から消された人々』という本には、次のように記されています。
なお、『古事記』などではもうすこし生々しい皇室の事情が描かれている。日本武尊、つまり小碓尊には兄がいて、大碓尊といった。
この大碓尊は、天皇の後宮に入れるために連れてきた女性を自分のものとしたことがある。
そこで景行天皇が小碓尊を遣わしたところ、彼は兄を連れてくるのではなく、手足を引きちぎって投げ捨てたのだった。これを聞いてこわくなった天皇は、小碓を熊襲鎮圧に派遣したのである。こんな乱暴な皇子を身辺に置いておけば自分の王位が危なくなるだろう。
もし小碓が熊襲征討に成功すればそれでよし、もし失敗しても合法的抹殺ができるというわけである。
 ところが、小碓尊は大きな手柄を立ててしまった。「川上のたける」とここで書かれている人物は、一般には熊襲建(くまそたける)と呼ばれることが多い。タケルとは勇猛な人物の称である。小碓はこの熊襲建だけではなく、出雲建をも倒してきたのだった。
 
 そこで、景行天皇は、小碓尊改め日本武尊を、今度は東国に派遣する
。」

 ここで、再び、
_/_/_/_/_/▼尋常小学国史より引用▼_/_/_/_/_/ 

 その後、東の国の蝦夷(えぞ)が背いたので、天皇はまた尊にこれをお討たせになることになつた。尊は、いさみいさんで都をお立ちになり、まづ伊勢に行つて皇大神官に参詣し、天叢雲剣をいただいて、東の国へお向ひになつた。
 尊が験河の国におつきになつた時、その地のわるものどもは、鹿狩をするからと、尊をだまして、広い野原におさそひした。さうして、急に草をやきたてて、尊を害しようとはかつた。尊は、天叢書剣をぬいてあたりの草を薙はらひ、大いにおふせぎになつたので、わるものどもは、かへつて、自分のつけた火にやかれて、すつかりほろぼされてしまつた。これから、この卸剣を草薙剣と申しあげることとなつた。
 尊は、なほも軍を東にお進めになつたが、蝦夷どもは、御勢に恐れて、弓矢をすてて降参した。かやうにして、尊は国々をお平げになつたが、都へお帰りになる途中、御病気のため、たうたうおなくなりになつた。
 尊はたふとい御身でいらつしやるのに、つねづね兵士といつしよに難儀をおしのびになる、少年の御時から、西に東にわるものどもをお討ちになつて、少しも御身をおやすめになるおひまがなかつた。さうして、天皇の御位にお即(つ)きにならぬうちに、おなくなりになつたのである。けれども、尊の御てがらにより、遠いところまで乎いで、世の中はたいそうおだやかになつた。

_/_/_/_/_/▲_引用ここまで▲_/_/_/_/_/

「『古事記』などの記述では、日本式尊伝説はさらに哀愁を帯びたものとなっている。東国に派遣されるときには、軍勢もつけずに送り出されているため、伊勢神宮(戦前の教科書では「皇大神宮」)で叔母の倭比売(やまとひめ)命に、「天皇は私が早く死ぬようにと思っておられるのでしょうか」と訴え、泣き崩れている。
 走水渡(東京湾口)では、海が荒れたため、妃の弟橘比売が尊の身代わりとして入水して荒波を静めるという悲劇があった。
 そして、日本武尊が亡くなった伊吹山では、退治しようとした山の神が白イノシシに化身して現れるが、神ではなく単なる使いだと思って見逃してしまい、雹に打たれてふらふらになってしまう。そこから引き返して、ついに亡〈なってしまうのだ。亡くなる寸前に詠んだ歌が、これである。
  やまとは くにの真ほろば 畳なづく 青垣山こもれる やまとしうるはし
  (大和は国の真の中心地。重なっている青々とした山に囲まれた大和こそ麗しい)
  
 そして、白鳥になって天へ飛んでいってしまったのだった。」


 いかがですか?
 既にご存知の方も多い神話では有りますが、古事記の記述と会わせ見るとまた違って感じるのでは無いでしょうか?
 
 因みに、草薙劔の下りは「国史画帳 大和櫻」にも載っていますので、以下に紹介しておきます。

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