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麻生太郎氏の「靖国に弥栄(いやさか)あれ」に思う

麻生太郎氏が、靖国への思いを「私見」という形で氏のホームページに発表された。


もちろん全てではないが、多くの部分で、私が考えていた事と同様な思いが綴られている。


_/_/_/▼麻生太郎氏 ホームページより引用▼_/_/_/_/_/


靖国に弥栄(いやさか)あれ 
                                麻 生  太 郎 


【靖国神社についての私見です。なお、新聞投稿もこの文章も、外務省や、外務大臣としての立場とはなんの関係もありません】



1. 常に根と幹を忘れずに
 
 靖国神社に関わる議論が盛んです。特定の人物を挙げ、「分祀」の必要を言う人があります。国会議員にそれを主張する人が少なくありません。わたしに言わせれば、これは根や幹から問題を見ようとしない、倒錯した発想によるものです。  
 わたしは靖国神社についてものを言う場合、常に物事の本質、原点を忘れぬよう心がけて参りました。  
 それでは靖国問題で発言しようとするとき、忘れてならない根と幹とは、何でしょうか。  
 大事な順番に、箇条書きにしてみます。
              
(1) 靖国神社が、やかましい議論の対象になったり、いわんや政治的取引材料になった りすることは、絶対にあってはならないことです。靖国は、戦いに命を投げ出した尊い御霊とご遺族にとって、とこしえの安息の場所です。厳(おごそ)かで静かな、安らぎの杜(もり)です。そのような場所で、靖国はあらねばなりません。  
 いかにすれば靖国を慰霊と安息の場とし、静謐(せいひつ)な祈りの場所として、保っていくことができるか。言い換えれば、時の政治から、無限に遠ざけておくことができるか――。  
 靖国にまつわるすべての議論は、いつもこの原点から出発するものでなければならないと考えます。論議が紛糾したり、立場の違いが鋭く露呈したような場合には、常にこの原点に立ち戻って考え直さなくてはなりません。


(2) 靖国神社にとって、「代替施設」はあり得ません。  
  このことは、靖国に「ないもの」と「あるもの」を考えることで、理解することができます。靖国には、遺灰とか遺骨といった、物理的な何かはありません。あるのは御霊という、スピリチュアルな、抽象的なものです。いやもっと言うと、そういうものが靖国にあるのだと思ってずっと生きてきた、日本人の「集合的記憶」です。  
  記憶には、誇るべきものがある半面、胸を張れないものもあることでしょう。しかし死者にまつわるものであるからには、総じて辛い、哀しいものです。それらすべて、一切合財を含む記憶の集積を、明治以来日本人は、靖国に見出してきました。これは引っこ抜いてよそへ持って行ったり、新しい場所に「存在するつもり」にしたりできないものです。つまり靖国には、代替施設はつくれません。  
  高浜虚子の有名な句に「去年今年 貫く棒の 如きもの」があります。この句に言う「棒の 如きもの」が、靖国にはあるのだと思っています。これを無くしたり、むげにしていると、ちょうど記憶を喪失した人が自分とは何者か分からなくなってしまうのと同じように、日本という国が、自分を見失い、碇を無くした船さながら、漂流してしまうと思います。


(3) 上の(1)と(2)の土台にあるのは、国家のために尊い命を投げ出した人々に対し、国家は最高の栄誉をもって祀らねばならない、という普遍的な原則です。「普遍的な」というのは、これが国と国民の約束事として、世界中どこででも認められていることだからです。
 国家とは、国民を戦場へ連れ出し、命を投げ出させる権力をもつ存在でした。だとすれば、国家の命に応じてかけがえのない命を捧げた人を、当の国家が最高の栄誉をもって祀らなければならないのは、最低限の約束事であり、自明の理です。戦後のわれわれには、この当たり前の理屈がピンと来なくなっているかもしれません。何度でも強調しないといけないゆえんです。


(4) 「天皇陛下、万歳」と叫んで死んだ幾万の将兵は、その言葉に万感の思いを託したことでしょう。天皇陛下の名にこと寄せつつ、実際には故郷の山河を思い起こし、妻や子を、親や兄弟を思っていたかもしれません。しかし確かなこととして、明治以来の日本人には、上の(3)で言った国家との約束事を、天皇陛下との約束として理解し、戦場で死に就いてきた経緯があります。  
  ですからわたしは、靖国に天皇陛下のご親拝あれかしと、強く念じているのです。


 


2. いま、何をすべきか


 この問いに対する答えは、もう明らかだと思います。靖国神社を可能な限り政治から遠ざけ(「非政治化」し)、静謐な、祈りの場所として、未来永劫保っていくことにほかなりません。わたしの立場は、靖国にその本来の姿へ復していただき、いつまでも栄えてほしいと考えるものです。世間の議論には、靖国を当座の政治目的にとって障害であるかに見て、なんとか差し障りのないものにしようとする傾向が感じられます。悲しいことですし、わたしとしてくみすることのできないものです。



3. 現状の問題点


 ところが靖国を元の姿に戻そうとすると、たちまち問題点にぶつかります。それは煎じ詰めると、靖国神社が宗教法人であるという点にかかわってきます。少し説明してみます。


(1) 政教分離原則との関係
 靖国が宗教法人であり続ける限り、政教分離原則との関係が常に問題となります。実は政治家であるわたしがこのように靖国について議論することさえ、厳密に言うとこの原則との関係で問題なしとしません。まして政治家が靖国に祀られた誰彼を「分祀すべし」と言うなどは、宗教法人に対する介入として厳に慎むべきことです。  
  靖国神社が宗教法人である限り、総理や閣僚が参拝する度に、「公人・政治家としての訪問か、私的な個人としての参拝か」という、例の問いを投げかけられます。政教分離原則との関係を問われ、その結果、本来鎮魂の行為であるものが、新聞の見出しになってしまいます。つまり靖国がその志に反し、やかましい、それ自体政治的な場所となってしまった理由の過半は、靖国神社が宗教法人だというところに求められるのです。  
  これでは、靖国はいつまでたっても静かな安息と慰霊の場所になることができません。このような状態に最も悲しんでいるのは靖国に祀られた戦死者でしょうし、そのご遺族であることでしょう。そして靖国をそんな状態に長らく放置した政治家の責任こそは、厳しく問われねばならないと考えます。


(2)戦死者慰霊の「民営化」をした弊害
 本来国家がなすべき戦死者慰霊という仕事を、戦後日本は靖国神社という一宗教法人に、いわば丸投げしてしまいました。宗教法人とはすなわち民間団体ですから、「民営化(プライバタイゼーション)」したのだと言うことができます。  
  その結果、靖国神社は会社や学校と同じ運命を辿らざるを得ないことになっています。顧客や学生が減ると、企業や大学は経営が苦しくなりますが、それと同じことが、靖国にも起きつつあるのです。  
  靖国神社にとっての「カスタマー(話を通りやすくするため、不謹慎のそしりを恐れずビジネス用語を使ってみます)」とは誰かというに、第一にはご遺族でしょう。それから戦友です。  
  ご遺族のうち戦争で夫を亡くされた寡婦の方々は、今日平均年齢で86.8歳になります。女性の平均寿命(83歳)を超えてしまいました。また「公務扶助料」という、遺族に対する給付を受けている人(寡婦の方が大半)の数は、昭和57(1982)年当時154万人を数えました。それが平成17(2005)年には15万人と、10分の1以下になっています。  
  戦友の方たちの人口は、恩給受給者の数からわかります。こちらも、ピークだった昭和44(1969)年に283万人を数えたものが、平成17年には121万人と、半分以下になっています。  
  靖国神社は、「氏子」という、代を継いで続いていく支持母体をもちません。「カスタマー」はご遺族、戦友とその近親者や知友だけですから、平和な時代が続けば続くほど、細っていく運命にあります。ここが一般の神社との大きな違いの一つです。  
  靖国は個人や法人からの奉賛金(寄付金)を主な財源としていますが、以上のような状況を正確に反映し、現在の年予算は20年ほど前に比較し3分の1程度に減ってしまっているとも聞きます。  
  戦後日本国家は、戦死者慰霊という国家のになうべき事業を民営化した結果、その事業自体をいわば自然消滅させる路線に放置したのだと言って過言ではありません。政府は無責任のそしりを免れないでしょう。  
  このことを、靖国神社の立場に立って考えるとどう言えるでしょうか。「カスタマー」が減り続け、「ジリ貧」となるのは明々白々ですから、「生き残り」を賭けた「ターンアラウンド(事業再生)」が必要だということになりはしないでしょうか。



4. 解決策


 以上に述べたところから明らかなように、山積する問題解決のためまず必要なのは、宗教法人でない靖国になることです。ただしその前に2点、触れておかねばなりません。


(1) 「招魂社」と「神社」
 靖国神社は創立当初、「招魂社」といいました。創設の推進者だった長州藩の木戸孝允は、「招魂場」と呼んだそうです。「長州藩には蛤御門の戦いの直後から藩内に殉難者のための招魂場が次々につくられ、最終的にはその数二十二に達した」(村松剛「靖国神社を宗教機関といえるか」)といいます。  
  このような経緯に明らかなとおり、靖国神社は、古事記や日本書紀に出てくる伝承の神々を祀る本来の神社ではありません。いま靖国神社の変遷や歴史に触れるゆとりはありませんが、設立趣旨、経緯から、靖国は神社本庁に属したことがありません。伊勢神宮以下、全国に約8万を数える神社を束ねるのが神社本庁です。靖国はこれに属しないどころか、戦前は陸海軍省が共同で管理する施設でした。また靖国の宮司も、いわゆる神官ではありません。


(2) 護国神社と靖国神社
 第二に触れておかねばならないのは、上のような設立の経緯、施設の性格、またこれまで述べてきた現状の問題点を含め、護国神社には靖国神社とまったく同じものがあるということです。靖国神社が変わろうとする場合、全国に52社を数える護国神社と一体で行うことが、論理的にも実際的にも適当です。


(3) 任意解散から
 それでは靖国が宗教法人でなくなるため、まず何をすべきでしょうか。これには任意解散手続き以外あり得ません。既述のとおり、宗教法人に対しては外部の人が何かを強制することなどできないからです。また任意解散手続きは、護国神社と一体である必要があります。  
  言うまでもなくこのプロセスは、靖国神社(と各地護国神社)の自発性のみによって進められるものです。


(4) 最終的には設置法に基づく特殊法人に
 その後の移行過程には、いったん「財団法人」の形態を取るなどいくつかの方法があり得ます。ここは今後、議論を要する点ですが、最終的には設置法をつくり、それに基づく特殊法人とすることとします。  
  名称は、例えば「国立追悼施設靖国社(招魂社)」。このようにして非宗教法人化した靖国は、今までの比喩を使うなら、戦死者追悼事業を再び「国営化」した姿になります。宗教法人から特殊法人へという変化に実質をもたせるため、祭式を非宗教的・伝統的なものにします。これは実質上、靖国神社が「招魂社」といった本来の姿に回帰することにほかなりません。各地の護国神社は、靖国社の支部として再出発することになります。  
  なお設置法には、組織目的(慰霊対象)、自主性の尊重(次項参照)、寄付行為に対する税制上の特例などを含める必要があるでしょう。


(5) 赤十字が参考に
 この際参考になるのが、日本赤十字社の前例です。日赤は靖国神社と同様、戦時中に陸海軍省の共管下にありました。母子保護・伝染病予防といった平時の事業は脇に置かれ、戦時救済事業を旨としました。講和条約調印後に改めて立法措置(日赤法)をとり、元の姿に戻すとともに、「自主性の尊重」が条文(第3条)に盛り込まれた経緯があります。


(6) 財源には利用できるものあり
 併せて靖国社の財源を安定させる必要があります。このため利用できるのが、例えば独立行政法人平和祈念事業特別基金のうち、国庫返納分として議論されている分です。  
  平和祈念事業特別基金とは、「旧軍人軍属であって年金たる恩給又は旧軍人軍属としての在職に関連する年金たる給付を受ける権利を有しない方」や、旧ソ連によって強制抑留された帰還した方などの労苦を偲ぶためなどを目的とし、「新宿住友ビル」にある「平和祈念展示資料館」の運営や、関係者の慰労を事業とするため、国が400億円を出資し昭和63(1988)年に設けたものです。資本金のうち半分に当たる200億円は、国庫に返納されることが議論されています。  
  これを全部、または半分程度靖国社の財産とすることで、靖国の財政を安定させることができるでしょう。また靖国を支えてきた財団法人日本遺族会は、公益法人制度の改革を受け新たにつくられるカテゴリーの「公益財団法人」として公益性を認め、こちらの基盤も安定を図ります。直接の支持母体である「靖国神社崇敬奉賛会」は、そのまま存続させればいいと思います。


(7) 慰霊対象と遊就館
 それではいったい、どういう人々を慰霊対象とすべきなのか。周知のとおり、ここは靖国を現在もっぱら政治化している論点にかかわります。だからこそ、あいまいな決着は望ましくありません。「靖国を非政治化し、静謐な鎮魂の場とする」という原則に照らし、靖国社設置法を論じる国会が、国民の代表としての責任にかけて論議を尽くしたうえ、決断すべきものと考えます。  
  注意していただきたいのは、この時点で、宗教法人としての靖国神社は既に任意解散を終えているか、その手続きの途上であるか、あるいはまた過渡期の形態として、財団法人になっているかしていることです。すなわち慰霊対象の特定、再認定に当たり、「教義」は既に唯一の判断基準ではなくなっています。  
  さらに靖国神社付設の「遊就館」は、その性質などにかんがみ行政府内に、その管理と運営を移すべきだと考えます。その後展示方法をどうすべきかなどの論点は、繰り返しますがこのペーパーで最初に述べた「原点」に立ち戻りつつ、考えられるべきです。



5. 最後に
 ここまでを整えるのに、何年も費やすべきではありません。このペーパーで述べてきた諸般の事情から、靖国神社は極めて政治化された場所となってしまっており、靖国に祀られた246万6000余の御霊とそのご遺族にとって一日とて休まる日はないからです。  
  政治の責任として以上の手続きを踏んだあかつき、天皇陛下には心安らかに、お参りをしていただけることでしょう。英霊は、そのとき初めて安堵の息をつくことができます。  
  中国や韓国を含め、諸外国首脳の方々にとっても、もはや参拝を拒まなければならない理由はなくなっています。ぜひ靖国へお越しいただき、変転常なかった近代をともに偲んでもらいたいものです。


_/_/_/▲ここまで▲_/_/_/_/_/



私は、戦後マッカーサーの神道指令により「宗教法人」としての存続を余儀なくされ、そのまま国の英霊の追悼を一宗教法人に丸投げした状態が続いているのは異常だと常々思っている。
戦後の一番大きな忘れ物かも知れない。
以前拙ブログ「千鳥が淵戦没者墓苑拡充の論議に思う」にも国営化の希望を書いたが、勉強不足故それに伴う問題「政教分離」「護国神社」等を上げただけであった。
ここでは、さすがにかなり具体的に触れられている。


靖国は国が護持すべきこと。
靖国は静かに置くべきこと。
靖国に代替え施設は存在し得ないこと。
早急に解決すべきこと。


しっかりと語られていると思う。


>(2)戦死者慰霊の「民営化」をした弊害
・実際、靖国に参拝すると外苑の「休息所」等を見るにつけ、参道に比してあまりにも見窄らしい。
・駐車場も狭い。
財政的にも苦しい状態が現れていると思う。


>祭式を非宗教的・伝統的なものにします。
・ここは、ちょっと気になる。
伝統的はともかく、非宗教的とはどういう物であろう。
現在のままでも問題は無いと思うのだが、祭式がどうあれ「宗教法人」では無いのだから。


>「遊就館」は、その性質などにかんがみ行政府内に、その管理と運営を移すべきだと考えます。
・当然そうなるが、やはり防衛庁(省)が相応しいと思う。


最後に、国営にするならば祭神基準についてもしっかり検討して頂きたい。
祭神基準に基づき、もしもそれを満たさぬ霊が既におわす場合の処置も必要であろう。
また、あってはならぬが、万が一日本が紛争に巻き込まれ、殉職する自衛官が発生した場合等も、当然に考慮された祭神基準を作って頂きたい。


何より、政治の中枢におられる方が、この様な(少し前ならタブー視されていたであろう)事を堂々と述べられる様になったことは大変結構な事だと思うし、「中国」と「参拝」だけを「馬鹿の一つ覚え」が如く発音し続ける貧しい政治家が多い中で、こうした意見を語られる麻生氏のような政治家がもっと現れて欲しいと切に思った次第である。 

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靖国・近代の戦い | コメント(14) | トラックバック(2)2006/08/10(木)10:49

コメント

これですべて分かって頂けますか?

何時の世も 政治の為に 利用さる
孤独の王が 日本におりし

 「お前は黙っていろ!」と言われたり、この人も「こう言っていた!」と今度は担ぎ上げられたり・・・
 ある左の人に言われました。「この人の名を叫んで死んで言った人なんて一人もいない!」
 「すべての現場にその人が、立ち会った訳でもないのに、良くそんな事言えるな?」と思いましたが、それならば何故政治責任が、問われるの?

2006/08/10(木)14:04| URL | 鵺娘 #/9u.keZw [ 編集]

靖国

ここんとこいろいろあったんで。
ないアタマ搾って考えてはみたんどすが。
まだまだ勉強が足りないなあと思う始末で・・・
一つだけ考えが変わらないのは、
日本を守る為に亡くなった方達を、
間違ってもないがしろにしないでくれとゆー。
これだけは譲れないです・・・

2006/08/10(木)14:24| URL | かっぱやろう #- [ 編集]

靖国の後に靖国なし

靖国神社の国営化。これはうまい考えですね。これだったら、総理大臣の参拝も原爆犠牲者の慰霊の時のように、当然のこととして行うことが可能になりますね。

宗教法人のままだと、いずれ財源が枯渇して、立ち行かなくなる。これには思いつきませんでした。なるほど、自分の夫、あるいは父が英霊だ、と言う人は、高齢化によって自然減少の一途をたどると言うのであれば、財源をよそに求めざるを得ないと言うのも納得がいきます。

2006/08/10(木)19:32| URL | DUCE #- [ 編集]

>靖国に弥栄あれ

麻生さんの提言は大いに検討して欲しいです。
遺族もお年を召され民間として運営していくには限界があります。
元々が、国が管理すべき所を政教分離で法人化されたのですし、本来は宗教に準じる神社ですが、諸般の事情を考慮すると名目上無宗教にならざるを得ないのでしょうか、この辺は得心の行かない所ですが先生方に良くご検討頂きたいとおもいます。
いろいろ、思うことはありますが長くなるのでこの辺で。

2006/08/11(金)09:26| URL | ばんばん #- [ 編集]

難しいところですが

特定宗教であれば、国営化はできないのでしょうね?
しかし、宗教でなければ慰霊は出来ない?
う~ん。

2006/08/12(土)19:00| URL | 百式 #- [ 編集]

>百式さん

コメントありがとうございます。

貴ブログにうだうだ書きましたが、方法はあると思います。
神社、仏閣が国宝や文化財として国に護持されている例はありますよね。
特例のあるのが、法治システムでもあると思っています。

2006/08/13(日)17:01| URL | tono #vFsRzAws [ 編集]

>鵺娘さん

コメントありがとうございます。

> ある左の人に言われました。「この人の名を叫んで死んで言った人なんて一人もいない!」
・知覧や大和ミュージアムにある幾多の遺書を読んで頂きたいものですね。

まあ、左巻きの考え方は、30cmのものさしで100Kmの直線が引けると言ったり、1mmの誤差も無く距離が測れると言っているようなものかも知れません。


2006/08/13(日)17:10| URL | tono #vFsRzAws [ 編集]

>かっぱやろうさん

コメントありがとうございます。

>まだまだ勉強が足りないなあと思う始末で・・・
・私自身もそう思います。でも、それが人間(かっぱも)の進歩の糧だと思っています。

>一つだけ考えが変わらないのは、
日本を守る為に亡くなった方達を、
間違ってもないがしろにしないでくれとゆー。
これだけは譲れないです・・・
・激しく同意です。

2006/08/13(日)17:13| URL | tono #vFsRzAws [ 編集]

>DUCEさん

コメントありがとうございます。

>総理大臣の参拝も原爆犠牲者の慰霊の時のように、当然のこととして行うことが可能になりますね。
・そうですね。さらに陛下にもおいで頂けると思います。

>宗教法人のままだと、いずれ財源が枯渇して、立ち行かなくなる。これには思いつきませんでした。
・遺族会の方の人数はすでに1割にまで減少しています。もたもたしている場合では無いと思います。

2006/08/13(日)17:19| URL | tono #vFsRzAws [ 編集]

>ばんばんさん

コメントありがとうございます。

>麻生さんの提言は大いに検討して欲しいです。
遺族もお年を召され民間として運営していくには限界があります。
・そうです。時間もありません。

>元々が、国が管理すべき所を政教分離で法人化されたのですし、本来は宗教に準じる神社ですが、諸般の事情を考慮すると名目上無宗教にならざるを得ないのでしょうか。
・私は特殊法人化して、神道のままでもいけると思っています。国宝や、文化財の宗教施設は、国や自治体が護持しています。法に特例はあるものです。専門家の方々によく検討していただきたいですね。

>いろいろ、思うことはありますが長くなるのでこの辺で。
・私もです(笑)

2006/08/13(日)17:23| URL | tono #vFsRzAws [ 編集]

脱サラ成功しちゃった!

みなさん、お邪魔します。

ちょっとウざいかもしれませんが。。お許しください!

自分は4月に脱サラして、事業で成功したブログを作りました。
前の会社の人たちへの自慢でつくったのです!ハハ!
www.forcejapan-world.com/v-quest/
で、美容業界に参入しました!
がんばって働いて貯金してためたお金で開業資金にして
よかったです。。

皆さん、経営者の方とかFCやってる方情報交換しましょう。

(コメントをとりあえずたどり着いたページに書いてますので、
話題がずれていたら申し訳ありません。。)
初心者なので、文句言われながら、、まずはブログ仲間を見つけようと!
これも成功への秘訣です!(笑)

お邪魔しました

2006/08/14(月)01:43| URL | 脱サラ #SFo5/nok [ 編集]

>脱サラさん

コメントありがとうございます。

ブログ拝見しました。
成功おめでとうございます。
ただ、拙ブログでは、あまりこの類の話は取り上げません。
拙ブログの記事へのご意見、コメントは歓迎します。
今後ともよろしくお願いします。

2006/08/15(火)22:43| URL | tono #vFsRzAws [ 編集]

こんにちは

麻生さんのご意見は、
靖国のことをしっかり考えられてるご意見ですね。
それを感じます。

知識不足、勉強不足でコメントされてる皆様のように立派なことは書けませんが、
やはり、最も大事なことは、
『英霊の方々に安心して眠って頂く』ことではないでしょうか?
そのためには、もちろん財源の確保も必要でしょう。
そして何より、
“政争”、“外交”の材料に使わせないことだと思います。
無礼千万な話だと思います。

今は、色々な議論が必要な時だと思いますが、
早く終結させて、
静かにかつ安心して眠って頂けることを期待してます。

2006/08/18(金)13:58| URL | 刀舟 #cMnBD31A [ 編集]

>刀舟さん

コメントありがとうございます。

そうですね。
靖国はとても難しい問題ですよ。
宗教や憲法まで関わります。

ただ、刀舟さんが仰るように
>『英霊の方々に安心して眠って頂く』
そして、陛下の親拝を始め、誰もが静かに参拝出来るようにと言うことを念頭に考えれば、必ず出来ると思います。

やはり、国のために散った方々の追悼施設は、国が護持しなければならない物だと思います。

2006/08/19(土)11:52| URL | tono #vFsRzAws [ 編集]

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