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マッカーサーの昭和天皇への尊敬の念

 昭和天皇が、初めて東京の米国大使館において、マッカーサー元帥と面会し、陛下のお言葉を聞いたマッカーサーは興奮の余り陛下にキスしようとしたくらいだと語っていた。
 「もし国の罪をあがなうことが出来れば進んで絞首台に上ることを申し出るという、この日本の元首に対する占領軍の司令官としての私の尊敬の念は、その後ますます高まるばかりでした。」
 とも語っていたそうである。

_/_/_/_/_/▼国際派日本人の情報ファイルより引用▼_/_/_/_/_/

■■■■■■■■■ JOG Wing ■ 国際派日本人の情報ファイル■

重光葵が伝えたマッカーサーの感動

伊勢雅臣
--------------------------------------------------------
 1955(昭和30)年8月、重光は外相として初めて訪米した。
それに際し、那須のご用邸に滞在中の昭和天皇に渡米のご挨拶を申し上げた。降伏文書調印の時以来、10年ぶりの拝謁である。

 この時、昭和天皇はもしマッカーサー元帥と会う機会があれば、「自分は米国人の友情を忘れたことはない、米国との友好関係は終始重んずるところである。特に元帥との友情を常に感謝して、その健康を祈っている、と伝えてもらいたい」と重光に依頼された。

 重光は、ニューヨークのホテルに、マッカーサー元帥を訪ねて、昭和天皇からの伝言を伝えた。元帥は「自分は日本天皇の御伝言を他のなにものよりも喜ぶものである。私は陛下にお会いして以来、戦後の日本の幸福に最も貢献したのは天皇陛下であると断言するに憚らないのである」と語った。

 マッカーサーは続けて、重要な証言をした。

 天皇に初めてお会いしたのは、東京の米国大使館内でした。どんな態度で陛下が私に会われるか、と好奇心をもってお会いしました。しかるに実に驚きました (much to mysurprise)。陛下は、まず戦争責任の問題を自ら持ち出され、つぎのようにおっしゃいました。これには実にびっくりさせられました (to my utter astonishment)。

 すなわち、「私は、日本の戦争遂行に伴ういかなることにも、また事件にも全責任をとります。また私は、日本の名においてなされたすべての軍事指揮官、軍人および政治家の行為に対しても直接に責任を負います。自分自身の運命について貴下の判断が如何様のものであろうとも、それは自分には問題でない (go ahead)。私は全責任を負います。」 これが陛下のお言葉でした。

 私はこれを聞いて、興奮の余り、陛下にキスしようとしたくらいです。もし国の罪をあがなうことが出来れば進んで絞首台に上ることを申し出るという、この日本の元首に対する占領軍の司令官としての私の尊敬の念は、その後ますます高まるばかりでした。

 マッカーサーは感動をこめて語った。

 重光はマッカーサーの話を聞いて感動し、これはぜひ日本国民に知らせたいものだと、元帥の会見に同席して速記をとっていたスクリップ・ハワード通信社社主のロイ・ハワード氏に頼んで速記のコピーを貰い、同席した人にも元帥の発言を確認し、帰国してから、邦訳して『読売新聞』に寄稿した。それは昭和30(1955)年9月14日付け朝刊に『天皇讃えるマ元帥 新日本産みの親 御自身の運命、問題とせず』のタイトルで掲載された。[1,p238]

 わが国の歴史上、最も聖なる場面の一つは、こうして重光の手によって記録に残された。昭和天皇の御心を体して、平和のために一生を捧げた重光こそ、陛下の大御心を伝えるに最もふさわしい人物であった。これも天の配剤だろうか。

_/_/_/_/_/▲_引用ここまで▲_/_/_/_/_/

 ポツダム宣言受諾後、昭和天皇とマッカーサー元帥の会見については様々な記録のある所であるが、マッカーサーが昭和天皇の面会要請に対し「どうせ、命乞いに来るのだろう」と高を括っていたとも言われ、面会後その場で送るべき所、思わず玄関まで行ってしまったという話も残されているようだ。

 昭和天皇とマッカーサーの会見については、こちらにも写真入りで紹介されているので、会わせてご覧頂きたい。


 因みに、重光葵は、ご存知のように、降伏文書署名をした、当時の外務相であると共に、日本が独立を回復した後、国際連合に加盟した昭和31(1956)年12月18日、総会で日本政府を代表して演説を行った人物であり、戦前戦後を通じて、陛下の大御心に忠節であった人物と言われる人である。
 
_/_/_/_/_/▼国際派日本人養成講座より引用▼_/_/_/_/_/

■2.重光外相の恫喝■

 9月2日、日本政府はマッカーサー司令部から、日本全域に渡って軍政を布告する旨の命令を受け取った。重光外相は翌3日早朝、マッカーサー総司令官に面会し、軍政を思いとどまるよう交渉した。

 重光外相の主張は、日本全域に渡って軍政を敷くことは、日本政府が受諾したポツダム宣言の諸条件以上の要求であり、もしそれを強行するなら、「日本政府の誠実なる占領政策遂行の責任を解除し、ここに混乱の端緒を見ることとなるやも知れぬ。その結果に対する責任は、日本側の負うところではない」というものであった。[1,p33]

 ポツダム宣言第7条には「連合国の指定すべき日本国内の『諸地点』は、・・・占領せらるべし」とあり、全域を占領する事は明らかに宣言の違反となる。また第8条には、「日本国の主権は本州、北海道、九州、及び四国並びに吾等の決定する諸小島に局限せらるべし」とあり、政府の主権の存在を前提にしている。日本全域に渡って軍政を敷くことは、あきらかにこれらの条件を破ることであった。

 重光外相は、アメリカが自分で言い出した停戦の条件を勝手に破るなら、日本政府がそれを守る義務もなくなり、その後、どうなってもすべてアメリカの責任だと脅したのである。

 当時日本本土には陸軍二百二十五万三千、海軍百二十五万、計三百五十万余の兵力が依然として温存されていた。また陸海軍を合せて一万六十機の保有航空機のうち、少くとも六千機以上は特攻作戦に使用可能と考えられていた。・・・
 海軍こそ戦闘可能の戦艦は皆無で、空母二隻、巡洋艦三隻、駆逐艦三十隻、潜水艦五十隻という劣勢に追い詰められていたが、この温存兵力の無言の圧力は無視することができない。 [2,p16]

 マッカーサーは、重光外相の主張をただちに承諾し、軍政の方針を撤回した。しかしこの緒戦の敗北で、米軍は日本人を精神面からも占領しなければならないと決意したようだ。以後、アメリカの占領政策は、巧妙に情報戦を展開していく。
 
_/_/_/_/_/▲_引用ここまで▲_/_/_/_/_/

 もう少し詳しい紹介は以下のリンク「国際派日本人養成講座」で読んで頂きたい。

http://blog.mag2.com/m/log/0000000699/109075095.html


http://blog.mag2.com/m/log/0000000699/109098039.html

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靖国・近代の戦い | コメント(12) | トラックバック(0)2007/10/31(水)14:52

コメント

マッカーサー評

マッカーサーは後々、日本のいくさは自衛戦争であった、とアメリカで主張したようですが、果たして、元からそう思っていたのでしょうか。
何しろ、フィリピンでは、はじめのころの敗北に関する逆恨みで、マニラ裁判でなんとか山下大将を死罪にこぎつけたし、その他の捕らえた将兵に関しても、管理責任を放棄して、少なからずの死者を出したわけだし、はじめは、徹底的にジャップを痛めつけてやれ、という思いだったと思います。
それが朝鮮戦争によって、相応に日本にも味方としての役割を求めたいがための「自衛戦争」という、一種のご都合主義な考えにいたったわけですね。
それに引き換え、日本の中心に立った人々は、明治維新のときしかり、大東亜戦争のときしかり、よその国のように国外へ逃亡するといったためしがないですね。この辺のところはほめてしかるべきです。

2007/10/31(水)21:12| URL | DUCE #- [ 編集]

TBありがとうございます。
天皇はこの時、皇室財産であった証券類を持ってきて「これで疲弊する国民を助けてほしい」と言う逸話もありましたね。また、当時の天皇・マッカーサー会談でのやりとりは「男と男の約束」としてついに公表されることなく陛下はあの世に持って行ってしまわれました。
この一件で天皇不訴追が決定し、天皇の立場が象徴に変わるきっかけになったのは言うまでもありません。
しかし疑問なのは、本当にマッカーサーが「天皇を殺せば日本人が一斉蜂起して何百万もの軍隊を用意せねばならない」と思っていたのでしょうか。未だ私が疑問とするところです。

2007/10/31(水)22:46| URL | かついち #JalddpaA [ 編集]

去るならば 彼も良き人 かすみ草

 「I shall return !」フリーメースン
 マッカーサーの生涯には、興味があります。
 そう言えば「真っ赤さ」と言う仇名の教師もいたな!

 Old soldiers never die; they just fade away.
 定年になる人に花束を渡すってありませんか?
 そのまま去ってくれるなら「あの人も根は良い人だったんだ!」「俺達の事を思って言ってくれていたんだ!」
 考える事も可能ですが、そのまま居座られたら?
 しかも彼が♪ 昨日と同じ明日が続く ♪
 「院政」を引いたら?

2007/11/01(木)06:17| URL | 鵺娘 #/9u.keZw [ 編集]

何度見ても感動

この話は何度聞かされても、その都度感動します。
欧州等の国王や責任者は大抵が亡命の相談でしょう。
ご自分の身を持って「国民を飢えさせないで欲しい」と
言われたことも、祖父から聞かされていました。
皇室伝統の精神ですね。

2007/11/01(木)11:47| URL | 小楠 #jYxn9S1Q [ 編集]

あ。
先書かれた。
(*´д`*)

2007/11/01(木)13:00| URL | かっぱやろう #- [ 編集]

人の心は変わるもの・・

DUCE さんに賛成です。
 マッカーサーは、政治的な嗅覚も鋭いですからね。自衛のための戦争というのは、後々の思いであり、軍人としてのひとつの感覚の吐露だと思いますよ。
 もっともアメリカにはめられて戦争をしたというのも、違うと思います。
 昭和天皇は不思議な魅力がおありだったようで・・マッカーサーを魅了し、アメリカを番犬にし、製造業でアメリカを超え、一方で日本が戦争に巻き込まれない戦後を作られました。私は20世紀における最大の政治家こそ昭和天皇であらせられると思います。昭和史の謎というか・・実は憲法9条の立役者は陛下ではと私は推測しています。マッカーサーと陛下の間で交わされた男同士の約束って・・何でしょね??

2007/11/01(木)23:09| URL | SAKAKI #- [ 編集]

>DUCEさん

コメントありがとうございます。
遅くなって申し訳ありません。

>マッカーサーは後々、日本のいくさは自衛戦争であった、とアメリカで主張したようですが、果たして、元からそう思っていたのでしょうか。
 何しろ、フィリピンでは、はじめのころの敗北に関する逆恨みで、マニラ裁判でなんとか山下大将を死罪にこぎつけたし、その他の捕らえた将兵に関しても、管理責任を放棄して、少なからずの死者を出したわけだし、はじめは、徹底的にジャップを痛めつけてやれ、という思いだったと思います。
・最初からでは無いと言うか、仮に純軍事的に斯様な意見であったとしても、あの立場では言えないと思いますね。

>それが朝鮮戦争によって、相応に日本にも味方としての役割を求めたいがための「自衛戦争」という、一種のご都合主義な考えにいたったわけですね。
・朝鮮戦争は、所謂戦犯裁判も、検挙も有耶無耶にしてしまうほど、米国はドタバタ始めたわけで、冷戦に突入する様相では日本は絶対にこちら側に置いておきたかったいうのはあるでしょう。

>それに引き換え、日本の中心に立った人々は、明治維新のときしかり、大東亜戦争のときしかり、よその国のように国外へ逃亡するといったためしがないですね。この辺のところはほめてしかるべきです。
・良くも悪くも、けじめと恥を知る文化ですからね。

2007/11/04(日)18:19| URL | tono #vFsRzAws [ 編集]

>かついちさん

コメントありがとうございます。
遅くなって申し訳ありません。

>天皇はこの時、皇室財産であった証券類を持ってきて「これで疲弊する国民を助けてほしい」と言う逸話もありましたね。また、当時の天皇・マッカーサー会談でのやりとりは「男と男の約束」としてついに公表されることなく陛下はあの世に持って行ってしまわれました。
 この一件で天皇不訴追が決定し、天皇の立場が象徴に変わるきっかけになったのは言うまでもありません。
・余に「トップ会談」と呼ばれる物は多くありますが、これは恐らく歴史に残る物でも稀有の物だと思われます。
 マッカーサーが何らかの強い印象を受けたのは、間違いの無いところだと思います。感激したのか、底知れぬ恐怖を感じたのかは、知り得るところではありませんが・・・

>しかし疑問なのは、本当にマッカーサーが「天皇を殺せば日本人が一斉蜂起して何百万もの軍隊を用意せねばならない」と思っていたのでしょうか。未だ私が疑問とするところです
・100万の兵を100年間で駐留させねば収まらないと言ったのでしたかな?
 本当にそう思ったかどうかはともかく、多少誇張であっても連合国の説得に、神風と合わせてそう言ったのは事実かも知れませんね。
 少なくとも、再び戦火に点火し、連合国側は、勝ち負けに拘わらず、逆上した皇軍と国民によって、更なる多大な被害を出す事は想像できたのだと思います。

2007/11/04(日)18:33| URL | tono #vFsRzAws [ 編集]

>鵺娘さん

コメントありがとうございます。
遅くなって申し訳ありません。

>去るならば 彼も良き人 かすみ草
 「I shall return !」フリーメースン
 マッカーサーの生涯には、興味があります。
 そう言えば「真っ赤さ」と言う仇名の教師もいたな!
・「I shall return !」ってフィリピンを発つときに言ったんでしたかね?
 「真っ赤さ」てそこら中に居そうですが・・・

>Old soldiers never die; they just fade away.
・老兵は死なず、ただ消え去るのみ?消え行くのみ?だったかな?

>定年になる人に花束を渡すってありませんか?
 そのまま去ってくれるなら「あの人も根は良い人だったんだ!」「俺達の事を思って言ってくれていたんだ!」
 考える事も可能ですが、そのまま居座られたら?
・良く解りますね。
 そう、居座られたらねぇ・・・・

>しかも彼が♪ 昨日と同じ明日が続く ♪
 「院政」を引いたら?
・老兵は、ただ、追い出すのみ・・・ですね。

2007/11/04(日)18:39| URL | tono #vFsRzAws [ 編集]

>小楠さん

コメントありがとうございます。
遅くなって申し訳ありません。

>この話は何度聞かされても、その都度感動します。
 欧州等の国王や責任者は大抵が亡命の相談でしょう。
・マッカーサーも、一応礼節を重んじる軍人で有りながら、あの写真の恰好で元首「天皇」を迎えたのは、そう考えていたのは容易に想像できますね。

>ご自分の身を持って「国民を飢えさせないで欲しい」と言われたことも、祖父から聞かされていました。
 皇室伝統の精神ですね。
・これが、マッカーサーの正に「想定外」の言葉であったわけで、上に立つ者の次元の違いを感じたのでは無いでしょうか?

2007/11/04(日)18:44| URL | tono #vFsRzAws [ 編集]

>かっぱさぬ

コメントありがとうございます。
遅くなって申し訳ありません。

>あ。
 先書かれた。
 (*´д`*)
・(ΦωΦ)フフフ…
 勝った・・←(~-~;)ヾ(-_-;)ウヲイ カチマケジャナイダロ・・
 かっぱさぬも、同じ思いだったのね・・・

2007/11/04(日)18:46| URL | tono #vFsRzAws [ 編集]

>SAKAKIさん

コメントありがとうございます。
遅くなって申し訳ありません。

>マッカーサーは、政治的な嗅覚も鋭いですからね。自衛のための戦争というのは、後々の思いであり、軍人としてのひとつの感覚の吐露だと思いますよ。
 もっともアメリカにはめられて戦争をしたというのも、違うと思います。
・私は、寧ろマッカーサーの軍人としての戦争の評価を、立場というか政治的嗅覚が抑えたように感じています。
 勿論、米国に嵌められてとは思わないでしょうが、もっと大局的な世界政治(外交)の流れから、自分でも祖国の為に戦わざるを得ないという思いは根底にあったように思います。
 ただ、あまりに凄まじい戦いになってしまったので、その思いは深く潜ってしまったと言う風に感じています。

>昭和天皇は不思議な魅力がおありだったようで・・マッカーサーを魅了し、アメリカを番犬にし、製造業でアメリカを超え、一方で日本が戦争に巻き込まれない戦後を作られました。私は20世紀における最大の政治家こそ昭和天皇であらせられると思います。昭和史の謎というか・・実は憲法9条の立役者は陛下ではと私は推測しています。
・その辺は私も事実を知りたいところですが、叶いませんね。世の中解らない方が良いことも多いですが・・・
 あの9条の憲法が出来るまで、日本政府は、帝国憲法で機能しており、状況がどうあれ、昭和天皇の力は尋常では無いはずですね。
 一君万民の間に軍が膨張して暴走した!という思いが、もし陛下にお有りなら、一時軍を押さえ込む事はお考えになったとしても不思議はありませんが、今度は憲法が暴走してしまった?・・・・。

>マッカーサーと陛下の間で交わされた男同士の約束って・・何でしょね??
・解りませんね。
 解りませんが、陛下とマッカーサーと言うか日米の文化・民族性の違いが、その「男の約束」の解釈を微妙にずらして今の日本があるようにも思えます。

2007/11/04(日)19:09| URL | tono #vFsRzAws [ 編集]

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