スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告--/--/--(--)--:--

拉孟に、正真正銘の「従軍慰安婦」が居た。

 8月号の「靖國」に、桜林美佐氏の投稿がある。
  題名は「耳を澄ませば聞こえる 彼方からの声」

   


 桜林氏は、「ひとり語りの会」の活動をしておられる。
 『南方に北方に没した二百四十万人に及ぶ戦死者のうち、未だ戦場に取り殉されている百十五万余のご遺骨を「取り戻す」という作業も重要課題だ。しかし、これがままならないのが実情である。全てのご遺骨を日本の土に帰すことは、もはや不可能と言われる中、それでも諦めず、遺骨収集と鋲魂に尽力されておられる方々には感謝の念に堪えない。
 私は、ご遺骨を拾うことは出来ずとも、そうした英霊たちの「真心」を集め、いま一度生き返らせたいと思っている。その試みの一つが借越ながら、私が独自に始めた「ひとり語りの会」だ。語られず、教科書にも載らず、歴史からとり残され、日本人の記憶から消されつつある様々な事実を物語とし、本として書くだけでなく、その朗読を聴いてもらうことで、英霊たちの声や息遣いを蘇らせることはできないかという、大変おこがましい挑戦である
。』
 と述べておいでだ。
 その最新作が「拉孟(ラモウ)に散った花」
 中国の雲南省とビルマ(現ミャンマー)との国境付近「拉孟」で、五万人もの敵兵を相手に、僅か千三百名の将兵で百日余りも戦い、正に死守・玉砕した「拉孟守備隊」についての話であるが、私は、そこに、正真正銘の「従軍慰安婦」が居た事を初めて知った。
 思わず、画面が曇ってしまった。


 これは、米議会等で取り上げられている、虚構の性奴隷、いわゆる「従軍慰安婦」等ではない。
 彼女達は「慰安婦」として「拉孟守備隊」と行動を共にしていた。
 玉砕を前に彼女たちを脱出させようと苦慮した守備隊長に対し
私たちは拉孟守備隊の母であり、妻である
 として、脱出を拒み、軍服に着替え、看護や物資の運搬に奔走し、守備隊の一員として戦い散っていった女達の事である。
 
 彼女達が「従軍」したときには、既に「兵士」となった訳だが、紛れもなく「従軍」した「慰安婦」達である。
 命懸けで、軍に随行した「従軍記者」や「従軍看護婦」が存在していた事はご存知の方も多かろう。
 ならば、私は、彼女達こそが、性奴隷などではない、正真正銘の「従軍慰安婦」と言えると思う。
 いわゆる「従軍慰安婦」を政争の具や、自虐自慰の道具として使う人間達には、この真の「従軍慰安婦」の方々の行動は到底理解できないであろう。
   
 「従軍慰安婦」と呼ぶべき方々は、事実存在しており、彼女達はかく戦えり!
 ひょっとしたら、他の地にも同様な女達は居たのでは無かろうか?
 彼女達こそ、國神社に祀られて然るべき女達であり、「英霊の母として妻として」國の「花」と咲いて欲しいものだ。
 「従軍慰安婦」と言う呼び名を使うならば、是非彼女達の為に使って欲しいと思う。
 それは、敬意を払うべき女達への呼称となって欲しいと思った。
 
 この玉砕前には、一緒にいた五人の朝鮮人慰安婦達は「従軍」せずに、脱出させている事実がある。その中の一人が、あの「女性国際戦犯法廷」において「日本兵の自決の巻き添えになるのを恐れ、逃げ出した」「私たちは置き去りにされた」と証言している。
 
_/_/_/_/_/▼「國」8月号より抜粋 引用▼_/_/_/_/_/ 
 
 耳を澄ませば聞こえる 彼方からの声
 
            桜 林 美 佐
          (ライター・キャスター)
 
     (前半略、リンク原稿参照下さい)
 
 最新作は「拉孟(ラモウ)に散った花」。これは、中国の雲南省とビルマ(現ミャンマー)との国境付近「拉孟」で、五万人もの敵兵を相手に、僅か千三百名の将兵で百日余りも戦い、玉砕した「拉孟守備隊」の戦記であるとともに、「慰安婦」の物語でもある。実は玉砕した守備隊には、二十名の「慰安婦」も含まれていたのであった。
 この地が激戦となる前に、彼女たちを脱出させようと苦慮した守備隊長・金光恵次郎(野砲兵五十六連隊第三大隊長)に、「私たちは拉孟守備隊の母であり、妻である」として、脱出を拒んだ彼女たちは、守備隊の一員として戦い、五名の朝鮮人慰安婦だけを逃がし、全員が拉孟の花と散ったと言われている。
 玉砕の地がいずれもそうであったように、「掟孟」での戦いも壮絶であった。武器の無い守備隊に対し、有り金る攻撃力を駆使し、押し寄せる雲南遠征軍。しかし、湯水のように物資が流れ込む援蒋ルートを抑え、インパール作戦を戦う友軍に敵の手が及ぶのを一日でも延ばすために、守備隊は戦い抜いた。雨あられのような砲弾に応戦はもはや出来ない。凄まじい白兵戦、日に日に兵は、目、腕、足を失った者ばかりになっていく。 そうした守備隊の兵は、敵の放った手榴弾を、這って行き、拾っては即座に投げ返す。これが武器も無く、手足も無い日本兵の戦い方であり、唯一の祖国への奉仕であった。少しでも敵を釘付けにすることが目的の戦いであり、ただ「死」のみが戦闘の終結を意味していた。この日本軍の戦いぶりは、敵の総司令官であった蒋介石をして「諸子はビルマの日本軍を模範とせよ」と言わしめ、これが敵将からの 「逆感状」と呼ばれたのである。
 そして、「拉孟守備隊」は強いだけではなかった。慰安婦たちをどうにかして助けたかった男たち。その男たちを見捨てることは出来ないと、軍服に着替え、看護や物資の運搬に奔走した女たち。その中には、両眼を失った兵と結婚し、彼の眼となって共に戦い、共に斃れた女もいたと言われている。二人は突撃して来る敵の声から、相手が少年兵と知るや、手榴弾を投げ返すことを躊躇した。それがふたりの最期の瞬間だと伝えられているが、なぜその時立ち止まったのか、その真実を知る術はもはやない。
 また、五人の朝鮮人慰安婦を脱出させたことも見逃せない事実だ。その中の一人が、あの悪名高き「女性国際戦犯法廷」において「日本兵の自決の巻き添えになるのを恐れ、逃げ出した」「私たちは置き去りにされた」と証言している。「逃げた」のか「逃がした」のか、その論議はあまりにも虚しい。ただ、彼女たちを死なせなかった元「慰安婦」を含む守備隊兵士たちの「優しさ」に敬意を表するのみであり、また彼等の慈悲を踏みにじるような所業には、怒りを通り越し、憐れみすら感じてまう。
 しかし、そんなことよりむしろ、字備隊と共に戦い、玉砕した女性たちは、その時すでに「慰安婦」としてではなく、まさに「兵士」として最期を迎えたのであり、彼女たちは國に祀られたいと願ったのではないか、という思いが頭をよぎる。これは今、米下院にまで波紋を広げている、いわゆる「従軍慰安婦」の「従軍」が虚構であることの、紛れもない証左であることは、皮肉な現実でもある。
 玉砕を前にして、金光守備隊長は木下昌已中尉(野砲兵五十六連隊)を呼び、かねてより命じてあった陣地脱出を促す。一緒に死なせて欲しいと、脱出を拒む木下中尉に金光は言う、「気持ちはよく分かる。しかしここで全員死んでしまったら拉孟守備隊の戦闘の様子は誰が伝えるのだ」。
 金光が託した「戦闘日誌」には、この地で繰り広げられた死闘の真実が記されていた。この日誌は、後に貴重な史料となるだけではない、遺族に対し、彼等の壮絶な散華の様を伝え残すことが、隊長としての責任であり償いであるのだと、何としてもこの「戦闘日誌」とともに脱出することを、強く望んだ。その翌日、金光は敵の砲弾を一人引き受け、最期を遂げた。その金光の意を受けて、木下中尉は決死の脱出を試み、奇跡としか言いようのない生還を果たしたのだ。
 「この戦闘の様子は誰が伝えるのだ」。この金光の言葉が六十年を過ぎた今でも、私には聞こえるような気がするのである。遠く雲南省の果てに、今なお守備隊兵士は孤立し、残されたままだ。金光は、この拉孟守備隊の真実を「遺族」に伝えることを望んだが、それはまさに私たちを指しているに他ならない。
 何故なら一億二千万の国民全てが「遺族」であると、私は考えているからだ。彼等が戦いぶりを「伝え」「残したい」と熱望した、「遺族」である我々日本人の頭の中に、「拉孟」の「ら」の字もあるだろうか、私たちは骨も拾わず、感謝もせず、ただ忘れるばかりの日本人ではなかったか。「古い上着」の内ポケットに忘れてきた「最も大切なもの」は、「英霊への想い」なのではないかと、私は思うのである。


_/_/_/_/_/▲_引用ここまで▲_/_/_/_/_/


 尚、ここに登場した「戦闘日記」を携え奇跡的に生還された「木下中尉」は、平成13年11月、玉砕の地に慰霊の旅をされ、顕彰文を士官学校会報「偕行」平成15年10月号に発表された。
 その木下昌巳氏(陸士56期)が平成14年10月に書かれた5ページに亘る手記の中の最後の部分と「拉孟守備隊」の戦いは、こちらの「蒋介石の嘆き」「地獄よりの帰還」に詳しく書かれているので、ご参照頂きたい。
  

スポンサーサイト


靖国・近代の戦い | コメント(34) | トラックバック(5)2007/08/09(木)15:04

コメント

そういえば「靖國」、未だ読んでませんでした。
こんな良い記事が載ってたとは・・・
家に帰ったら早速読んでみます。

私たち日本人が誇るべき史実の一つですね。
この人達なら軍属としての”従軍”を声高に言うことが出来ます・・・どこぞのインチキ”ジュウグンイアンフ”とは訳が違う。

失礼しました。

2007/08/09(木)21:06| URL | kousotsudr #MZh4oN5Y [ 編集]

追伸:

終戦の日に儚くも僅かな誰かさん?の参拝に望みを賭けて、小生も参拝させていただきます。ここで参拝しなければ、もう彼に英霊の助けはありません。

しかし、今年もメチャクチャ混むんでしょうね、嬉しいことですけど。

2007/08/09(木)21:13| URL | kousotsudr #MZh4oN5Y [ 編集]

こんばんは

拙ブログ8/4のエントリーでリンクを張っている「『「慰安婦」問題調査報告・1999』-5」に、ちょうど拉孟の慰安婦の話が出てきます。

『「慰安婦」問題調査報告・1999』-5「雲南・ビルマ最前線における慰安婦達-死者は語る」(PDF)
http://www.awf.or.jp/program/pdf/p061_088.pdf

「調査報告書」とはいえ、証言の信憑性を探る部分などは推理小説にも似た謎解きがあり、今更ながら学問としての「歴史」と「慰安婦調査」のあるべき姿を見せられた気がしています。
言論人やライターの主観の入った文章と、歴史学者の学術的、客観的な調査報告書の文章の差も思い知らされた、という感じです。

最初にこの調査報告を読んでおけば、私も慰安婦に問題について、あれこれ思い悩まずに済んだのに・・・と思いました。

桜林美佐さんの投稿記事については、あえてノーコメントとさせてください。<(_ _)>

近いうちに『「慰安婦」問題調査報告』の中から、引用してエントリーを書こうと思っています。

2007/08/10(金)02:13| URL | j.seagull #CevbjWJc [ 編集]

知りませんでした

「拉孟守備隊」の事、全く知りませんでした。
そういえば「従軍看護婦」の場合、婦長クラスだと階級は「軍曹」にあたり、立派な下士官だったわけです。
患者である兵士にも、敬礼、目礼が求められ、不埒な者には婦長から容赦なく叱責や平手打ちが飛んだと聞きます。
「従軍」という言葉は本来なら正式な軍属でなければ使えませんが、「拉孟守備隊」で献身した慰安婦達は、正式な軍属でもなく、階級すら無かったとはいえ、彼女達こそ紛れも無く「従軍慰安婦」だのですね。
確か「挺身」とは、捨身で先頭に立ち、率先して難事にあたる事だったと記憶しています。
戦火に身を挺して貢献した彼女達は、まさに「挺身隊」だったのだと思います。
彼女達に敬礼致します。

2007/08/10(金)15:45| URL | MUU #4lQFW.ik [ 編集]

敵軍の重囲下では、容易に脱出できない。そんな事情もあったと思いますが、当時としては、それが当たり前だったんですね。
そうした事情も考慮せずに、現代の発想で、「犬死」とか「なぜ投降しなかったんだ」とか言う主張はナンセンスだろうに。どうして、彼らをけなす人がでてくるのだろうか。

2007/08/10(金)23:00| URL | DUCE #- [ 編集]

>kousotsudrさん

コメントありがとうございます。

>そういえば「靖國」、未だ読んでませんでした。
こんな良い記事が載ってたとは・・・
家に帰ったら早速読んでみます。

私たち日本人が誇るべき史実の一つですね。
この人達なら軍属としての”従軍”を声高に言うことが出来ます・・・どこぞのインチキ”ジュウグンイアンフ”とは訳が違う。
・この様な最前線にまで、単なる娼婦が自身の意志で行く事が出来たのかは定かではありませんが、それは兵隊も同じで、選択の余地は無いですよね。
 現在のエアコンの効いた部屋でこういう物を読むときに、当時の現地で、どれ程生と死と言う物が身近で、生の極限に有ったのか想像すら出来ません。
 投降した慰安婦は勿論責める物ではありませんが、究極の選択をして「戦死」された方々には、ただ感謝し敬服するだけですね。

>終戦の日に儚くも僅かな誰かさん?の参拝に望みを賭けて、小生も参拝させていただきます。ここで参拝しなければ、もう彼に英霊の助けはありません。
・私はここに至れば是非参拝して頂き、
 「政治的に思うところが有ったが、歴史を使ったプロパガンダは後を絶たない。政治家として、それ以前に日本人としてやらなければならないことがある思い直した」
 とだけ言って
 「公人ですか私人ですか」の馬鹿質問には
 「参拝するとも、しないとも、申し上げておりません」
 と、とんちんかんな返事をして欲しいです。

>しかし、今年もメチャクチャ混むんでしょうね、嬉しいことですけど。
・そうですか。やはり混みますか?
 時期が時期だけに、出張も無く、地元も月遅れの盆ですし・・
 福岡県護國神社のみたままつりは、月遅れなので8月15日がかかります。
 せめて、この期間に護国神社に御参りしようと思います。

2007/08/11(土)10:53| URL | tono #vFsRzAws [ 編集]

>j.seagull さん

コメントありがとうございます。

http://www.awf.or.jp/program/pdf/p061_088.pdf
「調査報告書」とはいえ、証言の信憑性を探る部分などは推理小説にも似た謎解きがあり、今更ながら学問としての「歴史」と「慰安婦調査」のあるべき姿を見せられた気がしています。
言論人やライターの主観の入った文章と、歴史学者の学術的、客観的な調査報告書の文章の差も思い知らされた、という感じです。
・これは、当記事を上げる前に読みました。というか、この記事を何となく読んだ後に、たまたま「國」が届いたと言う順番です。

>最初にこの調査報告を読んでおけば、私も慰安婦に問題について、あれこれ思い悩まずに済んだのに・・・と思いました。
・私は以前から「史実」と「史観」を分けるべきで「史実」は誰が調べても同じ「事実」にたどり着く物でなくてはおかしいと思っていますが、「史料」の多くには「史観」が既に混じっているというやっかいな問題もあります。「証言」は特にそうです。

 「史観」これは、例えば現代の殺人事件で、
「Aという大人が、Bという子供を殺した」という事実が有ったときに、この事実だけが一人歩きすると、
「大人であるAが、子供であるBを殺すなんて極悪非道、鬼畜認定!」ですね。
 現在の平穏な世界では、そこで裁判などがあって「何故?」という検証作業が始まります。
 どんな背景、状況があったのか?
 これは重要ですが「動機」は何なのか?
 法的に「正当防衛、過失」等の範囲は?

 私は、この慰安婦も「史実」は、ある所に落ち着きつつありますが、戦争中の、特に現場では「殺人」が「正義」(もちろん相手も)と言うことを棚に上げて語る事は許されないと思います。
 その状況を想定するのが、私には非常に難しいです。 
 それと、その間逆の「正義」の中を、生き抜き散っていった方々を、その気持ちも考えずに(私に分かると言うことではありませんが)先の大人Aのように「極悪非道」等という「史観」を軽々しく言うことも、私は憚られます。
 「死人に口なしですから」
 私の考え方は、その内に記事にしたいのですが、もう少し纏まっていません。

>桜林美佐さんの投稿記事については、あえてノーコメントとさせてください。<(_ _)>
・これは、トリガとなった記事ですので、お気遣い無く。

>近いうちに『「慰安婦」問題調査報告』の中から、引用してエントリーを書こうと思っています。
・どう「史実」を抜き出し「史観」を加えて行って頂けるか、興味があります。
 楽しみにしております。

2007/08/11(土)11:53| URL | tono #vFsRzAws [ 編集]

>MUU さん

コメントありがとうございます。

>「拉孟守備隊」の事、全く知りませんでした。
・私も他ブログのリンク先史料と「國」の記事のタイミングの良さから、思わず揚げた次第です。

>そういえば「従軍看護婦」の場合、婦長クラスだと階級は「軍曹」にあたり、立派な下士官だったわけです。
 患者である兵士にも、敬礼、目礼が求められ、不埒な者には婦長から容赦なく叱責や平手打ちが飛んだと聞きます。
「従軍」という言葉は本来なら正式な軍属でなければ使えませんが、「拉孟守備隊」で献身した慰安婦達は、正式な軍属でもなく、階級すら無かったとはいえ、彼女達こそ紛れも無く「従軍慰安婦」だのですね。
 確か「挺身」とは、捨身で先頭に立ち、率先して難事にあたる事だったと記憶しています。
 戦火に身を挺して貢献した彼女達は、まさに「挺身隊」だったのだと思います。
 彼女達に敬礼致します。
・かような最前線にまで、如何なる状況や思いが有って来ていたのかは解りませんが、少なくとも「戦死」である事は間違いありません。
 今の日本人は、こういう方々にこそ感謝し慰霊すべきと思います

2007/08/11(土)12:03| URL | tono #vFsRzAws [ 編集]

>DUCEさん

コメントありがとうございます。

>敵軍の重囲下では、容易に脱出できない。そんな事情もあったと思いますが、当時としては、それが当たり前だったんですね。
そうした事情も考慮せずに、現代の発想で、「犬死」とか「なぜ投降しなかったんだ」とか言う主張はナンセンスだろうに。どうして、彼らをけなす人がでてくるのだろうか。
・上のコメントにも書きましたが、一つの「史実」ましてや、間逆の「正義」の中の価値観を、現代では容易に想像すら出来ないと思うのです。
 今の価値観で言えば、兵隊は皆、理由無く殺人を繰り返す「通り魔」になってしまいます。
 難しいですが「何故?」を考えて行きたいと思ってます。
 そして、かの先人達に感謝を忘れずに。

2007/08/11(土)12:09| URL | tono #vFsRzAws [ 編集]

暑いですね

 これが本物の従軍慰安婦なのでしょうね。もうひとつの興味として、どのくらいの女性たちがこのように戦ったのでしょうか??しっかりと調査してもらいたいものですよ。
 もちろん、性的な奴隷として徴用された人もいるでしょう。 本物の慰安婦もいるでしょう。長く戦陣にあれば、途中で気が代わることだってあります。
 混沌としたあの時代を、強制の証拠のあるなしで論を張るのはあまりにも低次元ですよね。

 安倍ちゃんが戦争をどう考えるのか、世界へメッセージを発する必要が出てきたようです。かなり危険人物とみなされているようです。ダンマリではマスコミが許しません。そこまで問題が煮詰まってしまった。

2007/08/12(日)14:53| URL | SAKAKI #- [ 編集]

>SAKAKI さん

コメントありがとうございます。

>暑いですね
・そちらもですか?こっちも今日やっと最高気温32度まで下がり?ました。

>これが本物の従軍慰安婦なのでしょうね。もうひとつの興味として、どのくらいの女性たちがこのように戦ったのでしょうか??しっかりと調査してもらいたいものですよ。
・「史実」として知りたいですね。
 国家総動員態勢の戦時中、医者も慰安婦も勿論兵隊も学徒も、考える余裕など無く、みんな戦っていたと思います。
 その中で、特に最前線へ派遣された慰安婦が居たと言う「史実」は間違いない様ですが、その拝啓を知りたいと最近思います。史実を取り上げれば「悲惨」の一語でしょうが、それだけだったのか?殺人が正義という真逆の環境にあって生きてそして死んでいった方々を「ああ悲惨」「ああ可愛そう」等と軽々しく言うことが憚られる昨今であります。
 この考えは、その内記事にしたいのですが、うまくまとまらないと思います。しかし一度書きたいと思います。

>もちろん、性的な奴隷として徴用された人もいるでしょう。本物の慰安婦もいるでしょう。長く戦陣にあれば、途中で気が代わることだってあります。
 混沌としたあの時代を、強制の証拠のあるなしで論を張るのはあまりにも低次元ですよね。
・私もそこが非常に不遜に感じられるのです。一億総決起で戦って居るのですから、全ての国民が強制され、選択の余地無く志願していた状況にあったと思います。

>安倍ちゃんが戦争をどう考えるのか、世界へメッセージを発する必要が出てきたようです。かなり危険人物とみなされているようです。ダンマリではマスコミが許しません。そこまで問題が煮詰まってしまった。
・この様な「史実」の解明と、それに対する「何故?」の解明は粛々とやるべきでしょうが、一部の「史実」+「フィクション」によるプロパガンダには、まともな学術的な反論ではなくプロパガンダでの応戦が必要と考えています。これも戦争です。

2007/08/13(月)16:37| URL | tono #vFsRzAws [ 編集]

拉孟守備隊はまさに犬死にだった

拉孟守備隊を指揮した金光恵次郎は私の祖父でした
母に聞いた話によれば、1男4女の優しい良き父親だったそうです
実直に仕事をした良き仕事人で、たまたま職業が軍人だったのが
彼の不幸だったと思います。しかもあの様な全く戦略的に勝ち目のない
愚かとしか言いようのない作戦を指揮させられ、無駄に命を奪われたのです

しかも当時の屑国家大日本帝国は、「生きて虜囚の恥ずかしめを受けず」などと
いかれた事を掲げ、そのためもうどう考えても援軍も間に合わず、
戦い続けてもただ死ぬだけ、と言う状況になっても、
当たり前に降伏することさえできなかった
これを犬死にと言わなければ、犬死になどこの世になかろう
大日本帝国は、まさに現在の北朝鮮を越える、気違い国家だったのです
そのような気違い国家の起こした気違い戦争で殺された日本人も、
その他の国の人々も、みな無駄死にだったと私は確信しています

ここで話題になっている拉孟守備隊にいた慰安婦の方々ですが、
逃げ出した朝鮮人慰安婦の行動の方がよっぽど正常で、理解し易いです
日本人慰安婦の一見美しい自己犠牲も、美談にしてしまうのではなく、
気違い国家によるマインドコントロールの恐ろしさを、
冷静に見つめることが大事なのではないかと私は考えます

また終戦記念日がやってきますが、このような狂った戦争が
二度と行なわれることがないよう、自らの国の行き方を
しっかり監視していくことが肝要と存じます

2008/08/08(金)14:54| URL | 丸山仁志 #8jQ6eiLA [ 編集]

>丸山仁志さん

コメントありがとうございます。

>拉孟守備隊を指揮した金光恵次郎は私の祖父でした
・それはそれは、御英霊のお孫さんでありますか。
 御英霊には、我等の今あるを、ただ「感謝」するしかできません。

>たまたま職業が軍人だったのが彼の不幸だったと思います。
・御祖父様は、指揮を執るともなれば帝國陸軍の将校でありましょうから、たまたま等ではなく強い意思の元に選ばれた職業であったと推察いたします。

>しかもあの様な全く戦略的に勝ち目のない愚かとしか言いようのない作戦を指揮させられ、無駄に命を奪われたのです。
・大変気になる言い方です。
 貴方が何でも人の勢にされるのは戦後の無責任教育の賜物であきらめますが、そのような基準で先人の歴史に対し「愚か」だとか「無駄」等と軽々しく論ずるのは如何かと思います。
 
>しかも当時の屑国家大日本帝国は、
・貴方から見ればそうかもしれませんが、屑国家と言い放てる程貴方は立派な方ですか?

>「生きて虜囚の恥ずかしめを受けず」などといかれた事を掲げ、
・「アラビアのローレンス」という映画をご存知ですか?
 敵に捕まれば、どんな残虐な辱めを受けるかもしれないので、怪我をして歩けなくなった戦友に自決用の銃を渡すシーンがあります。
 私は、日本に限らず戦争中にあって、捕虜になる恐怖は想像を絶しており、決して「いかれた事」では無いと推察いたします。

>そのためもうどう考えても援軍も間に合わず、戦い続けてもただ死ぬだけ、と言う状況になっても、当たり前に降伏することさえできなかったこれを犬死にと言わなければ、犬死になどこの世になかろう
・「当たり前の降伏」とはどのようなものでしょうか?
 まさかソ連が条約破棄後、もっと言えば降伏(ポツダム宣言後も)南下する時に行ったような事を甘んじて受けろとでも仰るのでしょうか?
 
>大日本帝国は、まさに現在の北朝鮮を越える、気違い国家だったのです
 そのような気違い国家の起こした気違い戦争で殺された日本人も、
 その他の国の人々も、みな無駄死にだったと私は確信しています
・なかなか良く定番の台詞が染み込んでおいでのようですね。
 当時の史実や状況等を、考察し教訓とすることは大切だと思いますが、薄っぺらな自慰的似非正義感によって当時の先人の生き様に対して軽がるしく「無駄死」等と言い放てる神経は、如何に「放言・暴言」をタイトルに掲げる私にあっても、申し訳ないが到底理解を超えています。
 私は当時の日本人は、懸命に正しい道を探りながら生きてきたのだと確信しております。
 後で結果がわかってから、ああだこうだ言うことは、中継中には何もいえなかったくせに、試合終了後に能書きを垂れる屑解説者と同レベルでありましょう。
 貴方のような主張をされる方は、現在何を為せば、60年後70年後に「屑国家だ」「気違い国家だ」「気違い戦争だ」と言われないか確固たる信念をお持ちでしょうから、その道に邁進してください。
 
>ここで話題になっている拉孟守備隊にいた慰安婦の方々ですが、
 逃げ出した朝鮮人慰安婦の行動の方がよっぽど正常で、理解し易いです
・朝鮮人的すべて人の勢、拝金主義、矜持の欠片もない行動が理解しやすいなら、当然それが正常と思えると思います。

>日本人慰安婦の一見美しい自己犠牲も、美談にしてしまうのではなく、
 気違い国家によるマインドコントロールの恐ろしさを、
 冷静に見つめることが大事なのではないかと私は考えます
・マインドコントロール?
 また人の勢ですか?
 日本人慰安婦の話は、マインドコントロールでも、美談でもありませんよ!
 当時の日本人の生き様そのものではないですか?
 
>また終戦記念日がやってきますが、このような狂った戦争が
 二度と行なわれることがないよう、自らの国の行き方を
 しっかり監視していくことが肝要と存じます
・「自らの国の行き方をしっかり監視していくことが肝要」と言う点は大いに賛同いたします。
 しかし、戦術的に勝ち目の無い戦は愚かだと言われていましたが、そうであれば、大日本帝國(陸海軍)がもっと上手に戦い、ポツダム宣言に至る前に有利に戦争を止めればよかったのだ、あるいは戦争(おそらく大東亜戦争のことでありましょうが)そのものをしなければ良かったと言うことにもなりましょうか?
 がそのような場合、今「屑国家だ」「気違い国家だ」と言われた、明治憲法下の皇軍(帝國陸海軍)軍国主義の日本が途絶えず続く事に成ると思いますが、その場合今の日本はどうなっているのでしょうか?
 貴方が、帝國陸海軍の戦術を、批判し終戦までに犠牲が多すぎたことを批判しているのは、皇軍を残し、明治憲法体制のままが良かったのだとも取れますが、それであれば私も賛同できる部分は多々ありますので、誤解があればお許しいただきたく存じます。

2008/08/09(土)22:27| URL | tono #vFsRzAws [ 編集]

どうも、お返事ありがとうございました。一点だけ

>皇軍を残し、明治憲法体制のままが良かったのだとも取れますが

現在自分が(少なくとも比較的)北朝鮮と似たような体制の中で生きていたかったか
ということでしょうか?まさか!勿論そんなことはありません
言いたい事も言えない明治憲法体制なんて死んでもごめんですよ
少なくとも、自由な戦後の日本国憲法体制を知ってしまった今となっては

トノゴジラさんは「放言・暴言」も(多分)自由にできなかったような
明治憲法体制で生きていきたいと、本当に思うんですか?

2008/08/11(月)18:58| URL | 丸山仁志 #PAsVue3s [ 編集]

>丸山仁志さん

コメントありがとうございます。

>現在自分が(少なくとも比較的)北朝鮮と似たような体制の中で生きていたかったかということでしょうか?
・そんなことは一言も言っていませんよ。
 明治憲法下は北朝鮮と同じ(似ている)と仰っているのは貴方で、私は北朝鮮と明治憲法下の日本は似ても似つかぬ正反対のものだと思っています。

>言いたい事も言えない明治憲法体制なんて死んでもごめんですよ
・言いたいことが言えないのは今の北朝鮮や中国でありましょう。
 明治憲法下では言いたいことが言えないのではなく、言う権利や自由に相応の義務と責任があったというだけのことだと思いますし、それが当たり前ではないでしょうか?

>少なくとも、自由な戦後の日本国憲法体制を知ってしまった今となっては
・現在の日本を自由と錯覚している方は多いようですが、責任を負わない自由や義務を果たさない権利は、唯の我侭であり横暴であり恥知らずだと思います。
 今の日本人は恥を忘れてしまったから斯様な状態を自由などと勘違いしているのだと思います。

>トノゴジラさんは「放言・暴言」も(多分)自由にできなかったような明治憲法体制で生きていきたいと、本当に思うんですか?
・私とて権利も自由もほしいですから、如何に義務を果たし責任を負うべきか常々考えているつもりです。
 そういう観点で見た場合に、明治憲法体制で義務を果たし責任を負う覚悟を持った行動に、自由に出来なかったことがいかほどあるのでしょうか?
 アメリカの仕込んだ日本人を堕落させる、権利・自由だけを主張するような現憲法下が「自由」だと錯覚している方が多いのは正にアメリカの戦略が効いてきているというだけのことです。
 ここで、多くを議論するつもりはありませんが、権利・自由と義務・責任と言うものを逃げずに真剣に考え直して見られては如何でしょうか?
 私も本当の意味での「自由の国日本」にしていきたいと考えています。

2008/08/12(火)00:43| URL | tono #vFsRzAws [ 編集]

お返事ありがとうございました。やはり主に一点だけ

>言う権利や自由に相応の義務と責任があったというだけのことだ

という事ですが、私とて自分の発言の自由に責任が伴う事を感じないわけではありません
私としてはネット上の発言であろうと、全て本名を明記し、自分の発言の結果は全てリアルに自分に戻ってくるよう
最低限の責任をとる姿勢を示しているつもりでおります
仮に仕事関係などの私の知合いが私の投稿したネット上の文章を見ても、
私が書いたものだとすぐ分かる事が、発言に責任を持てる最低限度のルールだと思っています
義務という事については、ちょっとよく分かりません
ある立場に裏うちされた、ある発言をするべき義務、というものが存在するという事でしょうか?
ちょっと私の想像を越えています。
ただ、私としては、言いたい事、言うべき事を、例えそれが国や政府、あるいは多くの人にとって
都合の悪い事、あるいは不快に感じるかも知れない、あるいは敵を作るかも知れない事であっても、
自分として言いたい事を言う自由を行使する事は、それ自体、自由を持つ者の義務といえるかも知れない、
という風には思ったりはします

後余談ですが、戦没者の遺族の端くれとして、祖父が「英霊」と呼ばれる事には、
私としてはかなりの抵抗感と不快感を感じざるを得ません
祖父はただ「国のために命を捧げた人」などではなく、現実に自分の人生を生きた人、
生き抜こうとした人だと信じたい。死ぬために存在したわけではない
子供を愛し、奥さんを愛し、普通に自分の人生を生きた人だったはずです
よき隣人でもあったはずです。本来なら他人など殺さない、優しい人だったと信じたい
それを、「英霊」という言葉は、すべて塗りつぶし、
ただ戦っただけの人、ただの戦争での人殺しだった人、ただ名誉の戦死をした人、
とだけ単純化したイメージで死者を規定し、辱めているように感じます

もし私であれば、たかが国の命運などという下らない事よりも、自分と家族の命を
最優先してなんとか生き抜こうとしたでしょう。逃げ廻り、隠れ、降伏し、捕虜になり、
自分の命を永らえるため、いかなる恥も忍び誇りも捨て生きる事を選んだと思います
祖父の時代には、あるいはそれ以外の価値観があり、祖父はそれに殉じたのかも知れません
私には想像が難しい事ですが、せめて祖父が死後も「英霊」と呼ばれて辱められ、
戦争美化の拠り所みたいにされる事に対しては、拒絶したい気持ちでいっぱいです

2008/08/14(木)11:01| URL | 丸山仁志 #UKmvkK3M [ 編集]

>丸山仁志さん

コメントありがとうございます。
丸山さんのご意見には、多く賛同できるところもあり、誠実さを感じます。
私の分が下手くそで中々真意が伝わらないかもしれませんが「国家感」が違うことが意見の違いになっているように感じます。
ブログを見て頂ければお気づきでしょうが、私は「国在ありて民あり」という考え方ですので、そこは賛同頂けなくても理解して頂ければと思います。

>ただ、私としては、言いたい事、言うべき事を、例えそれが国や政府、あるいは多くの人にとって都合の悪い事、あるいは不快に感じるかも知れない、あるいは敵を作るかも知れない事であっても、自分として言いたい事を言う自由を行使する事は、それ自体、自由を持つ者の義務といえるかも知れない、という風には思ったりはします。
・仰るとおりだと思いますよ。
 私は、「たとえそれが国や政府~」と言うだけでなく、たとえそれが「外国」であってもと思っています。
 今の日本は外国、特に近隣諸国に対して言いたいことが言えているのでしょうか?
 言論の自由が旗印のはずのマスコミをして、自由・真実どころか、まるで外国の機関宣伝の様相ではないでしょうか?
 国の政府が言いたいことを言えない国の国民に、自由なことが言えているとお考えですか?
 私は錯覚、まやかしだと思っています。

>後余談ですが、戦没者の遺族の端くれとして、祖父が「英霊」と呼ばれる事には、私としてはかなりの抵抗感と不快感を感じざるを得ません。
 祖父はただ「国のために命を捧げた人」などではなく、現実に自分の人生を生きた人、生き抜こうとした人だと信じたい。
 死ぬために存在したわけではない。
 子供を愛し、奥さんを愛し、普通に自分の人生を生きた人だったはずです
 よき隣人でもあったはずです。本来なら他人など殺さない、優しい人だったと信じたい
・その通りではないですか?
 歴史という物は、その当時の価値観・常識・法令等の中で生きてきた方々の為したる事の積み重ねと思っています。
 先ほど申し上げたように「国在りて」こそ「民あり」という考えは合ったと推察しますので、子供を愛し、奥さんを愛すればこそ「家族のため」に「国を残そう」と考えることは何の不思議も無いと思いますが可笑しいですか?
 
>それを、「英霊」という言葉は、すべて塗りつぶし、
 ただ戦っただけの人、ただの戦争での人殺しだった人、ただ名誉の戦死をした人、
 とだけ単純化したイメージで死者を規定し、辱めているように感じます
・今残して頂いた国に住んで、あなたも私も言いたいことを言っているわけで、その国を残すために戦い無くなった方に感謝し哀悼の気持ちを持つことは日本人として空気を吸うように自然なことだと思います。
 「人殺し」と仰いますが、如何に戦争中でも法令などは存在し、「人殺し=殺人犯」は靖国神社にも護国神社にも祀られることはありませんので「英霊」にはなれません。
 国が戦争になり(戦争は合法なのはご存じだと思います)国民の義務として、出征し戦った。
 この方々を「人殺し」呼ばわりは聞き捨てなりません!
 私は、義務に忠実に、家族の住む祖国を護るために戦った方を「人殺しだった」と言う方が余程、死者を規定し、辱めているように感じます。

>もし私であれば、たかが国の命運などという下らない事よりも、自分と家族の命を最優先してなんとか生き抜こうとしたでしょう。逃げ廻り、隠れ、降伏し、捕虜になり、自分の命を永らえるため、いかなる恥も忍び誇りも捨て生きる事を選んだと思います
・重複しますが、国の命運が下らないが家族は大事というのはどういう想定をされているのか申し訳ないが、理解できません。
 国が無くなって、家族はどこに逃げ回るのでしょう?
 それに、国は逃げ回ることができないから戦うしか無いのでは無いのでしょうか?
 
>祖父の時代には、あるいはそれ以外の価値観があり、祖父はそれに殉じたのかも知れません私には想像が難しい事ですが、
・私もそう思いますよ。

>せめて祖父が死後も「英霊」と呼ばれて辱められ、
 戦争美化の拠り所みたいにされる事に対しては、拒絶したい気持ちでいっぱいです
・「英霊」は戦争美化の拠り所なんかでは無く、一人の人間として、愛する家族の在る「国」を護るために、その国に生まれ家族を持った者の、家族に生まれた者の責任として、義務として立派に戦った事が称えられているのだと思います。
 決して辱めらてなど居ないと思います。
 人として称えられている「英霊」を辱められていると言う風に考えることの方が、我らが父祖を侮辱し、辱めるものと考えます。
 
 文章が下手で意が伝わらぬ事も在り、失礼もあったかと思いますが、ご容赦頂きたく存じます。

2008/08/14(木)17:05| URL | tono #vFsRzAws [ 編集]

どうも、お返事ありがとうございました
自分のblogにチベット独立支援団体Students for a Free Tibetの声明の翻訳などしていて、
こちらはややお久しぶりです(もう来なくていい?(^ ^;))

>「国在ありて民あり」
私は「民ありて国あり」と思っています
この二つは本来同一であるべきで、これが一致するのが理想の国家と思います
しかしこの不完全な世界では、この二つが一致した国家など、かつてなかったのではないでしょうか

大日本帝国の場合、国は華族、皇族、財閥など、一部支配階級のものでした
そいつらが宗教である国家神道(現人神とされた天皇裕仁を含む)や、教育や、マスコミを使って、
国民を洗脳し、自らの利益のため正義のかけらもない帝国主義侵略に、善意の民を欺して駆り立てたのです
私はそれが大東亜戦争と彼らが呼んだものの本質だと思っています
付け加えるなら、マスコミの中で特に洗脳に積極的に協力したのは、今日左翼的と批判されている、
朝日新聞であったと伝え聞きます。今朝日がやや左翼的な論調と言われるのは、往時の反省に立つものかと
想像するのは、朝日に対して好意的過ぎる見方でしょうか?

国が一部支配階級の持ちものだったのは、一人大日本帝国だけではなく、当時の他の資本主義国家も同様でした
(勿論現在も、資本主義社会主義問わず、全てそういう面を持っていると思ってます。程度の差だけで)
なので、国としても、それらの集まりである国際社会としても、戦争は否定せず、戦争での殺人は罪に問わない、
というコンセンサスが形成されていた、と私は考えています
どの国も、国権の発動としての戦争を行ない、他国民を殺す事を自国民に強要する必要性を感じ、
その権利と可能性を留保する道を選んでいた(今もそうしている)と言う事だと思います

しかしながら、国民自身にとって、戦争での殺人も、それ以外の殺人も、殺人と言う行為自体には何の変わりもありません
特に戦争の場合は、国に唆され、強制されて、
昨日まで何の面識もなかった、全く怨みもなく、自分に害もなしていない、
初対面の他人を、ただ自分とは異なる国に生まれたと言う理由だけで、殺すのです
これはマトモな神経なら、普通の動機のある殺人に比べ、とても耐え難い行為だと想像します
しかし、それを抵抗なく行なわせるよう教育、洗脳を行ない、人間らしい感情を奪って、
1銭5厘の赤紙で狩り立てた国民を、自分たち支配階級の利益のために戦わせ、使い捨てにする、
それが私の持つ国家による戦争のイメージです

戦争の現場である戦場においてさえ、支配階級の出身者やそのとりまきは将校として優遇され、安全な指令部に身を置き、
実際の戦闘には殆んど参加しないでいいなど、特権的な地位を与えられていたと思います
ビルマ戦線に限っても、例えば愚かとしか言いようのないインパール作戦を立案実行し、
数限りない兵を犠牲にした牟田口という参謀は、
その数多の死の責任を問われる事もなく、戦後まで生き延びたそうです
私の祖父は、一兵卒からの叩き上げだったため、ろくな兵力も与えられず、
あの様な無理無謀無益な死守戦闘を指揮させられ、捨て石にされて軍に殺されたのだと、私は思っています

牟田口は生き延びました。戦争全体の最高責任者であった天皇裕仁も、やはり責任を問われる事もなく生き延びました
私は戦後裕仁を、できれば犠牲にされた日本の遺族自身の手で、斬首するか吊すかすべきだったと考えています
あれほどの犠牲を出した最高責任者は、自らの責任を自らの命をもってとるべきだと。でもそうはならなかった
あの汚い爺がTVに出て「あっそ」とかほざいてる姿を見ると嫌悪感でいっぱいになりました
できれば自分の手であの裕仁を殺して、祖父の仇を討ってやりたいと想像した事もあります
勿論あんな汚い爺殺した所で祖父のためにも何にもなりゃしないから、実際にはやらなかったけどね

私が懸念するのは、拉孟攻防戦当時、50を過ぎていた祖父は、このような戦争のからくりに関して、
気づいていたのではないか、と言う事です
愚直な叩き上げ将校、というイメージで語られる事の多い祖父ですが、
実際にはかなり聰明な人だったと言われています(そのため一兵卒から少佐までの昇進が可能だったとも考えられます)
当時若く純粋で、国の教育洗脳に何の疑問も抱かず、自らの命を捧げる事が国を守る事、と信じる事ができた、
例えば特攻隊員などの若者たちと異なり、このような欺瞞を知った上で、なお、自らの立場と責務を果たすため、
若い兵たちに、何の罪もない敵を殺し、望みのない死守を行ない、最後に死ぬまで戦う事を、
指揮官として求めなければならなかったとしたら、その心中はいかばかりであったかと…

現在でも日本の国はやはり一部支配階級のものです。官僚政治家は一部大企業のためだけに働き、
一般庶民はろくな給料ももらえないままワーキングプアなどと呼ばれる状態に置かれ、
企業による資本主義的搾取の中で貧困に苦しめられながら苛酷な税金をとられ、
年をとって働けなくなれば、後期高齢者医療などという制度でゴミのように捨てられる
それでも、戦争をしなくて済むだけ、政府批判を公然と口にできるだけ、戦前よりも、北朝鮮よりも
ちょっとだけましな国にはなっていると思います

特に憲法9条を持ち、戦後60年以上一切戦争に関わらなかった事は、世界に誇るべき国民の誇りだと思います
しかし、最近それを否定して、普通の国になりたがる人々がぞろぞろいる事が、私の現在の懸念です
その時に「英霊」とか靖国とかの文脈で戦没者が引用されることが不快です

はっきり言って私には日本の国益=支配階層の利益など、どうでもいい事です
ちっぽけな島の領有権もガス田の採掘権もどうでもいいし、日本の国際社会に置ける地位も、
世界第2位の経済大国であることも、またどうでもいい関心のない事です
経済的地位が堕ちてもいいし、貧しくなってもいい、ただ平和に何とか食うもの食える程度に貧しく暮らしていきたい

>国が無くなって、家族はどこに逃げ回るのでしょう?
という事ですが、私としては、国がもし戦争に巻き込まれそうなヤバイ状況になったら、
家族共々国を捨て、どこか(その時点で)安全そうな外国に亡命して逃げると思います
もし逃げ遅れて国内にとり残されたら、山の中とか逃げ廻って、決して戦争には協力しないと思います
やはり殺されるのも嫌ですが、国家の自衛のためであっても、怨みもない人を殺させられるのは絶対嫌ですから

2008/08/26(火)13:50| URL | 丸山仁志 #7vFCJx9w [ 編集]

>丸山仁志さん

コメントありがとうございます

>こちらはややお久しぶりです(もう来なくていい?(^ ^;))
・どうぞ何時でもおいでください。
 いろんな考え方がある事を知るに、こちらから探さずしてわざわざお出で頂いて居るのに、何を断る必要がありましょう。
 前にも書きましたが、丸山さんとは今のところ到底理解し会えるとは思えませんが、丸山さんは暴言言い捨て、罵詈雑言吐き捨てで荒らしてくる輩とは一線を画していると考えていますから。
 更に、不快であろうと、我等が感謝・追悼すべき「ご英霊」のご子孫でありますことも一因です。
 
>>「国在ありて民あり」
 私は「民ありて国あり」と思っています
・恐らく多くの考え方の相違はここに起因するのでしょうが、違うものはしょうがないですね。

>この二つは本来同一であるべきで、これが一致するのが理想の国家と思います
 しかしこの不完全な世界では、この二つが一致した国家など、かつてなかったのではないでしょうか
・国と民が一致する等ありえないと思っています。
 したがってそういう国家はかっても今後もありえないと思っています。
 そして「民ありて国あり」という国家が今世界中に存在するわけで「国在りて民在り」という国家は、世界中に日本以外にはあり得ないとも思っています。
 
>大日本帝国の場合、国は華族、皇族、財閥など、一部支配階級のものでした
そいつらが宗教である国家神道(現人神とされた天皇裕仁を含む)や、教育や、マスコミを使って、
国民を洗脳し、自らの利益のため正義のかけらもない帝国主義侵略に、善意の民を欺して駆り立てたのです
・フィクションとしては、善人・悪人がハッキリしていて子供にも分かりやすいですが、歴史はそんなに簡単なものでは無いと考えます。

>付け加えるなら、マスコミの中で特に洗脳に積極的に協力したのは、今日左翼的と批判されている、
 朝日新聞であったと伝え聞きます。
・絶版になった「朝日新聞の戦争責任」とか言う本を見ても、朝日の煽り記事は相当なものであったことが分かりますが、この勢いは「国民は!」を合言葉に軍部さえも煽ったと言われ、当時の記事を見ればさもありなんという感じです。

>今朝日がやや左翼的な論調と言われるのは、往時の反省に立つものかと
 想像するのは、朝日に対して好意的過ぎる見方でしょうか?
・好意的過ぎることは無いと思います。
 ただ、丸山さん程の方にさへ「往時の反省に立つ」と言わしめ、洗脳されている事に気が付かせない巧妙さは昔と変わらないと言うことだと思います。
 朝日の社旗を見ても分かるように、国民の事等より、その時の風潮を掴む嗅覚は鋭く、部数拡張のためには捏造でも何でもやると言う伝統は昔と変わってないと言う事でしょう。
 
>しかしながら、国民自身にとって、戦争での殺人も、それ以外の殺人も、殺人と言う行為自体には何の変わりもありません
・以前にも書きましたが、殺人とは法を犯しての話では無いでしょうか。
 死刑執行を行う刑務官も家族を強盗から守るための行為も同じ殺人と言う行為には変わりませんね。
 私は、丸山さんほど人間が出来ていませんから、家族や自分を守るために相手を殺さなければ殺される場合は「殺人という行為」は厭いません。
 
>できれば自分の手であの裕仁を殺して、祖父の仇を討ってやりたいと想像した事もあります
 勿論あんな汚い爺殺した所で祖父のためにも何にもなりゃしないから、実際にはやらなかったけどね
・「あの裕仁」「汚い爺」と言う表現は、日本の国家解体を狙う輩がよく使う表現ですが、大変不敬だと思います。
 それに、その様な言葉を発するほど貴方は先帝に恨みがあるのでしょうか?
 先帝のおかげで今の日本が残り、先帝のおかげでララ物資が入り国民は生き延びた。
 我々はその生き延びた人々の子孫であり、感謝こそすれ恨みなどありえませんね。
 それに、御祖父様がお喜びになるでしょうかね?
 よく先人の意思をまるで本人に確認したかのごとく語る方がお出でですが、もし違っていたら申し訳ないとか思わないのでしょうか?

>このような欺瞞を知った上で、なお、自らの立場と責務を果たすため、
 若い兵たちに、何の罪もない敵を殺し、望みのない死守を行ない、最後に死ぬまで戦う事を、
 指揮官として求めなければならなかったとしたら、その心中はいかばかりであったかと…
・私を捨て公を果たした!
 だから立派なのですよ!
 だから「英霊」なのですよ!

>それでも、戦争をしなくて済むだけ、政府批判を公然と口にできるだけ、
・今政府批判にどれだけの圧力と公権力の弾圧があっていると思っているのですか?
 私の同士も何人もやられています。
 もちろん北朝鮮など論外ですが、戦前といかほど変わりましょうや!
 
>特に憲法9条を持ち、戦後60年以上一切戦争に関わらなかった事は、世界に誇るべき国民の誇りだと思います
・自国を自分で護れず、護国の為に命を捧げた先人達に感謝すら出来ず、果ては安全を他国に集る!
 今の日本は、世界で最も恥ずべき国であり、それを看過する国民は世界に恥ずべき国民だと思っています。
 憲法9条のお陰で戦争に関わらなかった等と言う妄想が抱ける人は、大変幸せだと思いますが、自分の家族、家、住む国は自分で護るのが人としての務めだと思っています。
 
>しかし、最近それを否定して、普通の国になりたがる人々がぞろぞろいる事が、私の現在の懸念です
 その時に「英霊」とか靖国とかの文脈で戦没者が引用されることが不快です
・全く逆の懸念・不快さを持つ人間も多いと言うことです。

>はっきり言って私には日本の国益=支配階層の利益など、どうでもいい事です
 ちっぽけな島の領有権もガス田の採掘権もどうでもいいし、日本の国際社会に置ける地位も、
 世界第2位の経済大国であることも、またどうでもいい関心のない事です
 経済的地位が堕ちてもいいし、貧しくなってもいい、
・ここまではご意見として在りだと思います。

>ただ平和に何とか食うもの食える程度に貧しく暮らしていきたい
・それは無いものねだりと言うものです。
 外国に良いように侵略されて「平和」はありえません。
 
>>国が無くなって、家族はどこに逃げ回るのでしょう?
という事ですが、私としては、国がもし戦争に巻き込まれそうなヤバイ状況になったら、
家族共々国を捨て、どこか(その時点で)安全そうな外国に亡命して逃げると思います
もし逃げ遅れて国内にとり残されたら、山の中とか逃げ廻って、決して戦争には協力しないと思います
やはり殺されるのも嫌ですが、国家の自衛のためであっても、怨みもない人を殺させられるのは絶対嫌ですから
・戦争に協力せず、山の中逃げ回って野垂れ死ぬのも結構な事でしょう。
 誰だって恨みも無い人を殺すのは嫌ですよ。
 しかし、家族を殺そうとする強盗がいれば、家族のため子孫の為に、殺そうとします。(殺されるかも知れませんがね)
 私は卑怯者ですから、国家防衛の為に志願して任にあたってくれる軍が機能する間は逃げ回っているかもしれませんが、既存軍だけで立ち行かなくなれば、何らかの方法で、貴方の言われる「戦争に協力」するつもりでおります。
 私自身は、馬鹿と言われようと、何でも人の勢!何でも集り!で生きて行く事が好きではありませんので。

2008/08/26(火)15:28| URL | tono #vFsRzAws [ 編集]

どうも、丸山です。お返事ありがとうございます

「国在ありて民あり」と言うお考えに関してですが、
私も、平和であり、国が我々国民にとって利益になる良い統治、あるいは我慢できる程度の悪政を行なっている程度の場合は、
国に我々国民の統治、警察権、外交権など、さまざまな権限を委ねて共存できると思っております
しかし、国が戦争を起こし、国民の命を犠牲にしても政府の利益や国体を優先するような暴挙に出る時は、
自国は我々の敵となり、政府は内側より倒すべき敵国となると思っております
うまく言えませんが、私の考えは、古典的なルソーの社会契約論に近いもの(真似っこ)なのだろうと思います

大東亜戦争の歴史認識に関しては、私の考えは子供っぽくて極端に単純なのかも知れませんが、
逆に当時の国民があれほどの犠牲を払っての戦争と侵略を本気で望んだとは信じ難いです
勝ち戦とマスコミの扇動に能天気に踊らされているうちに、あんな事態に立ち至り、しかも誰も止められない暴走状態になってしまったのでしょう
当時の憲兵の苛酷な逮捕取調の事や、隣組などによる国民同士の相互監視の話などを聞いていると、
当時の社会はまさに現在の北朝鮮を越える恐怖政治の社会に思えてきます
本当にこんな時代に生まれず良かったと、神にでも仏にでも感謝したい気持ちです
それに、結果的に戦争に敗れた事にも感謝したい。今の基本的人権と平和の保証された社会は、
戦争に負けた事によってもたらされた、先人たちの流した多くの血によって負け取られたものです
フランス革命など、市民が血を流して勝ち取ったものと同等以上の血が流され、過った道を突き進んだ挙げ句、
負ける事によって、もたらされた物なので、その過ちへの反省とともに、大事に大事に守り続けるべき物だと思います
それこそが過った戦争で命を落された先人たちに真に報いる道だと私は考えます

朝日は確かに営利企業ですので、鋭い嗅覚で社会の風潮を掴み、部数拡張を目的として
やや左翼的と言われる編集方針をとっているのかも知れませんが、
我々左翼的な考えをもつ人間にとって、こういう新聞は必要です
というか、読売とか一度うるさく勧誘されて読んでみたけど、むかついて金払うの嫌になって途中で強引に止めました
やはり金払ってまで読むには、自分にとって読んでいて心地よい言論が必要
そういう意味で、消費者としてそれを好む読者がいる限り、朝日はあのままでOKなのでしょう
さすがに洗脳されているとは全く思いませんが、時々各マスコミでヤラセやら捏造記事やら出てきますね
売らんがためにそう言うのをでっちあげるのでしょうが、仕事とはいえ、報道人として誇りをもって記事書いて欲しいです

裕仁に対する私の感情は、私個人の物であり、祖父の思いとは独立だと思っております
あるいは祖父は心から裕仁を崇拝し、彼のために死ぬ事に満足していたのかも知れません
逆にもしそうであったらどんなに良いかとも思います
しかし、私が考えると、もしあの愚かな戦争がなければ、祖父は妻子とともに本来の静かなより良い人生を送れたはずで、
私も祖父に会えていたとも思います。そういう意味で、あの戦争の責任者裕仁や、作戦参謀牟田口などに対し、憎しみを抱く事は私には止められません
裕仁はGHQの意向もあって東京裁判で無罪とされ生き永らえる事になったのだと思いますが、
死ねと言わないまでも、多大な迷惑をかけ犠牲を強いた国民に、自分の言葉で誠心誠意謝罪することはできたと思います
あるいは、自ら退位して形で示しても良かった。法律上それが無理なら、国民の前に土下座して謝るべきだったと思います
そう言った誠意を何も示さず、ただ人間宣言だけでお茶を濁し、その後象徴とまつり上げられ、「あっそ」とかいって偉そうに下聞する姿は、
正直醜悪と感じました。人としても男としても尊敬できないし、敬意を払う価値もない男だと今でも思っています

殺人に関して、私としては、倫理的な意味で、他人の生命を奪う行為という意味で言っております
例え犯罪とされなくても、罪も怨みもない他人を殺す事は、自分にとっても苦しみではないか
幼稚な例えですが、自分がされて嫌な事は他人にもすべきではないと思います
勿論、相手に殺される時、返り討ちにするのは正当防衛でやむを得ない事ですが、
それでも自分に痛みは残ると思うし、そもそも、前の戦争は他国に侵略され命を脅かされた状況ではなく、
こちらから侵略したものです。そのような乱暴な国策につき合わされ、殺人を強要されるのは、私なら絶対ごめんです

政府批判に圧力や公権力の弾圧があるらしい事は知っていますが、何故か私には何もありません。不思議
学生時代中核派に属していたとして、公安の名簿にも載ってるらしいのに、特にないような。反日売国なんてページもネットに出してるのに…
私が気づかないだけか、それとも私のような小物など放っておいても平気だとおもわれてるのかな

自衛隊に入り、国の防衛や救助活動に頑張っている人達には私も当然敬意を表したいと思います
しかし、自衛隊に入った人で、そのうち戦争があり人を殺すというリアルな未来を描いている人は、実数どれほどいるでしょうか
私も若い頃上野駅前などで自衛隊勧誘受けましたが(今と違い登山しててそれなりに体力ありげに見えたかも)、
「大型免許取れるよ」とかそういう言葉でした。日本は戦争しない9条の国、と言う事で、自衛隊に籍をおいている人も多いかと思います
そもそも、現場の軍人は、戦争をしたいとは思わないと聞いています。平和で訓練と警備、救助だけで給料もらえるのが一番
自分が殺したり殺されたりするのは、プロの軍人を選んだ人でさえ、気が進まないのだと思います

>外国に良いように侵略されて「平和」はありえません
と言うご意見も伺いますが、私は平和とは強い物に媚びへつらって得られる物だと考えております
スネオはジャイアンにすりより、のび太はなるべくジャイアンと会わないようにうまく逃げ廻るって感じが平和。会うと殴られるけど我慢する
現状でしたら、戦争に勝ったアメリカの覇権の秩序もとで安全を保ててる。これは現状の日本の国策でもあると思います
今後、21世紀半ばにかけて、この覇権の構造が多極化し、アメリカ、EU、ロシア、中国の4極になると想定できますが、
その際は日本は中国の覇権の元で、東アジアの小国として生きていくのが平和の途と思っております
それまでに、中国に、より民主的な覇権国家になってもらう事が、日本にとってもかなり重要かと思いますが

戦争と言う極限状況がもし起きた時、現実問題、私には自分も家族も、自分で戦って護る力などないと思っております
かっこつけてもしょうがないのではっきり言いますが、私は武器もなく戦闘訓練も受けていませんので、
武装して戦闘訓練を受けたプロの兵隊と戦って勝負になるわけがない。ただひれ伏して命乞いするだけです
そうならないために、なんとか早めに状況を見定め、家族を連れて逃げ廻る途を模索するわけです
その時に、他人の事まで構ってやる余裕はありません。他の日本人がどうなろうと、私の知った事ではありません
そういうとんでもない事にならないように、無用に強気に外交せず、無用に軍備せず、諸外国にへいこらして無難に生きていく
日本にはそういう国であって欲しいと私は思っています(だから福田君とは結構方向性近かったかも。辞めちゃったけど)

最後に、祖父ら国のために犠牲になった人々に敬意を払って頂いてありがとうございます(私が言うのもなんか変かな)
私も、祖父が自分の信義に従い迷いなく逝って、悔いのない死だった事を願っています
私も靖国参拝こそ(A級戦犯合しとかその他の政治利用への反発心から)致しませんが、戦没者への敬意は持っているつもりです
ただ、やはり前の戦争自体の目的、手段、経過の誤りが大変残念でならないと感じております

2008/09/10(水)13:49| URL | 丸山仁志 #vOv9qcns [ 編集]

>丸山仁志さん

コメントありがとうございます

>>「国在ありて民あり」と言うお考えに関してですが、
・私が言う「国在ありて民あり」の「国」は、丸山さんの言われる「国」とは違うようです。
 丸山さんの言われる「国」は「政府」の事だと解釈いたしました。
 私も上手く言えませんが、「国在ありて民あり」「民在りて社会あり」「社会在りて政府あり」と言う風に思っていますので、民と政府は対立関係が成立しますが、何れも「国」あっての事ですから「国」とは対立しえません。
 私の言う「国」とは「日本」の事!
 
  四面海 芙蓉の峰を 抱く地に
  天皇坐して 日本なる哉

 歌が下手なのは御容赦頂きたいですが、斯様に考えておりますので、天皇が政府の最高権力者と言う位置づけはあり得ません。
 政府も民も、国土と天皇があって存在する「日本」に住み、その「日本」を護り続けなければならないのです。

>大東亜戦争の歴史認識に関しては、私の考えは子供っぽくて極端に単純なのかも知れませんが、
・私とは違う認識ですが、子供っぽいとか極端に単純とかは感じませんよ。

>今の基本的人権と平和の保証された社会は、
・私は、基本的人権や平和が保証されている根拠が理解できません。
 国民が国内から外国に誘拐されている事実一つ見ても「保証」等あり得ないと思っています。

>先人たちの流した多くの血によって負け取られたものです
・戦争は必ず大きな犠牲が伴います。
 また、戦争の勝ち負けと、結果の良し悪しはまた別のものになるでしょう。
 「負け取った」とは面白い表現ですが、取った物(結果の現実)に大いなる価値を見るならば、戦争はやって良かったと言うことになりますね。
 であれば、過った道では無かったし、戦争責任者等という者が存在すれば、寧ろ賞賛されて然るべきでは無いですか?
 
>読売とか一度うるさく勧誘されて読んでみたけど、むかついて金払うの嫌になって途中で強引に止めました
・私も朝日や毎日等を読むと確かにむかつく事が多いです。

>時々各マスコミでヤラセやら捏造記事やら出てきますね
売らんがためにそう言うのをでっちあげるのでしょうが、仕事とはいえ、報道人として誇りをもって記事書いて欲しいです
・これについては、仰るとおりで全く同意いたします。

>逆にもしそうであったらどんなに良いかとも思います
・私もそう信じたいです。

>しかし、私が考えると、もしあの愚かな戦争がなければ、祖父は妻子とともに本来の静かなより良い人生を送れたはずで、私も祖父に会えていたとも思います。・あの戦争の結果「負け取った」今が捨てがたい素晴らしい物では無かったのでしょうか?
 あの戦争が無ければ、軍国主義は更に加速して行ったかも知れないし、少なくとも「大日本帝国憲法」と「帝国陸海軍」は存続していたはずですね。
 それで、祖父様の「本来の静かなより良い人生」とはどのようなものなのか、申し訳ないですが私の頭では想像がつきません。

>多大な迷惑をかけ犠牲を強いた国民に、自分の言葉で誠心誠意謝罪することはできたと思います
あるいは、自ら退位して形で示しても良かった。法律上それが無理なら、国民の前に土下座して謝るべきだったと思います
そう言った誠意を何も示さず、ただ人間宣言だけでお茶を濁し、その後象徴とまつり上げられ、「あっそ」とかいって偉そうに下聞する姿は、
正直醜悪と感じました。
・矛盾を感じます。
 先ほども書きましたように、戦争で被害が出るのは当たり前であり、その結果を良しとしている人が、最高責任者(私の考えは違いますが)としている天皇に感謝こそすれ、謝罪しろ等とは笑止千万です。
 
>例え犯罪とされなくても、罪も怨みもない他人を殺す事は、自分にとっても苦しみではないか
 幼稚な例えですが、自分がされて嫌な事は他人にもすべきではないと思います
・別に幼稚ではないと思います。
 自分がされていやな事は他人にもすべきでないし、二度とされないように対処するだけのことです。
 
>前の戦争は他国に侵略され命を脅かされた状況ではなく、こちらから侵略したものです。
・水掛け論でしょうが、それは違うと思っています。

>政府批判に圧力や公権力の弾圧があるらしい事は知っていますが、何故か私には何もありません。不思議
 学生時代中核派に属していたとして、公安の名簿にも載ってるらしいのに、特にないような。
 反日売国なんてページもネットに出してるのに…
 私が気づかないだけか、それとも私のような小物など放っておいても平気だとおもわれてるのかな
・自分に関わらなければ気付かないだけですよ。
 考案は基本的には「政府」の機関ですから、時の為政者により動きが変わります。
 考案の名簿にも載っている(らしい)のは、こちらも同じですが、今は政府が「私より丸山さん寄り」というだけの事では無いでしょうか?
 
>自衛隊に入り、国の防衛や救助活動に頑張っている人達には私も当然敬意を表したいと思います
・私もです。

>しかし、自衛隊に入った人で、そのうち戦争があり人を殺すというリアルな未来を描いている人は、実数どれほどいるでしょうか
 私も若い頃上野駅前などで自衛隊勧誘受けましたが(今と違い登山しててそれなりに体力ありげに見えたかも)、
「大型免許取れるよ」とかそういう言葉でした。日本は戦争しない9条の国、と言う事で、自衛隊に籍をおいている人も多いかと思います
そもそも、現場の軍人は、戦争をしたいとは思わないと聞いています。平和で訓練と警備、救助だけで給料もらえるのが一番
自分が殺したり殺されたりするのは、プロの軍人を選んだ人でさえ、気が進まないのだと思います
・そんな事は当然でしょう。
 したいのではなく、やらなければならない時に、どうするかと言う問題だと思います。

>21世紀半ばにかけて、この覇権の構造が多極化し、アメリカ、EU、ロシア、中国の4極になると想定できますが、
 その際は日本は中国の覇権の元で、東アジアの小国として生きていくのが平和の途と思っております
 それまでに、中国に、より民主的な覇権国家になってもらう事が、日本にとってもかなり重要かと思いますが
・4極の件は大いにあり得ると思いますが、中国、ロシアが民主的になる事はありえないと思っていますので、結局は南北対立まで巻き込んで、2極になるのではと思います。
 日本が中国の覇権の元で小国として生きる事になれば、今の中国を見れば分かるように「平和」はあり得ないと考えます。
 
>そうならないために、なんとか早めに状況を見定め、家族を連れて逃げ廻る途を模索するわけです
・逃げる道はありませんよ。
 だから、力を合わせて戦うしか道は無いのです。
 
>そういうとんでもない事にならないように、無用に強気に外交せず、無用に軍備せず、諸外国にへいこらして無難に生きていく
日本にはそういう国であって欲しいと私は思っています(だから福田君とは結構方向性近かったかも。辞めちゃったけど)
・へいこらしていたらとんでもない事になると思っているので、まあ、ここは考え方の相違です。

>最後に、祖父ら国のために犠牲になった人々に敬意を払って頂いてありがとうございます(私が言うのもなんか変かな)
・お礼を言われるような事ではありません。
 今に生きる日本人として、当然至極の事だと思っていますので。

>私も、祖父が自分の信義に従い迷いなく逝って、悔いのない死だった事を願っています
 私も靖国参拝こそ(A級戦犯合しとかその他の政治利用への反発心から)致しませんが、戦没者への敬意は持っているつもりです
・大変うれしく思います。
 この辺は、思想を超えたところにある「人間」のエリアだと思っています。
 私が文面から感じていたイメージが、大きく狂っていなかった事に安心しました。
 
>ただ、やはり前の戦争自体の目的、手段、経過の誤りが大変残念でならないと感じております
・私も(多分意味は違うでしょうが)残念に思います。
 しかし、歴史は今は出来ない事実を残してくれ、多くの犠牲がそれを支えてきたわけで、それを教訓しなければ先人に申し訳ないと思っています。

2008/09/10(水)20:20| URL | tono #vFsRzAws [ 編集]

>・私が言う「国在ありて民あり」の「国」は、丸山さんの言われる「国」とは違うようです。
> 丸山さんの言われる「国」は「政府」の事だと解釈いたしました。
> 私も上手く言えませんが、「国在ありて民あり」「民在りて社会あり」「社会在りて政府あり」と言う風に思っていますので、民と政府は対立関係が成立しますが、何れも「国」あっての事ですから「国」とは対立しえません。
> 私の言う「国」とは「日本」の事!

なるほど、私なら「故郷」とか呼ぶ感じの「国」と言う事でしょうか
勿論私も故郷である日本の山河や自然、人々や文化、自己の想い出などは愛しています
特に天皇はいなくてもいいかな、とは思いますけど…
逆に、今の日本の自然や文化などは破壊されて変わってしまっているので、
却って昔ネパールを旅行した時に、昔の日本と似た景色風土や子供たちの姿に、
より強い郷愁を感じた事もあります

ただ、国のために自分たちの命を犠牲にしてもいいとまでは思いません
やはりやばそうになれば、故郷を捨て、尻をからげて逃げ出したいですね

>・逃げる道はありませんよ。
いやいや、何とか戦争が始まる前に、外国に逃げてしまいたい
海外でも難民とか普通に流出しますよね(最近でいえばイラクとか)

> 「負け取った」とは面白い表現ですが、取った物(結果の現実)に大いなる価値を見るならば、戦争はやって良かったと言うことになりますね。
> であれば、過った道では無かったし、戦争責任者等という者が存在すれば、寧ろ賞賛されて然るべきでは無いですか?

そういう考え方もあるかとは思いますが、それは私の考えとは違います
私は無益で乱暴な侵略戦争、それによって(日本にも他国にも)多くの犠牲者を出すに至った
前の戦争は、絶対的に悪だと信じております

> あの戦争が無ければ、軍国主義は更に加速して行ったかも知れないし、少なくとも「大日本帝国憲法」と「帝国陸海軍」は存続していたはずですね。

あるいはそうだったかも知れません。北朝鮮も、自分たちの力で金正日体制を覆して
民主主義革命を成し遂げる力は持っていませんし…
しかしインドはガンジーの指導の元、無抵抗運動でイギリスの植民地支配を脱し、
民主的な国家を建設する事に成功しました
日本人も、大正デモクラシーの伝統も持っている事ですし、
自らの民衆の力で汚い大日本帝国を倒し、新たな民主国家を作り上げる能力が
まったくない、可能性がなかったというのは、ちょっと悲観的過ぎるかと思います
ただ、現在せっかくの民主主義を生かし切れず、形骸化して官僚制に陥っている現状を見ると、
現実には余り期待できなかった過程かも(日本人はやっぱり駄目駄目かも)とも思いますが…

> 先ほども書きましたように、戦争で被害が出るのは当たり前であり、その結果を良しとしている人が、最高責任者(私の考えは違いますが)としている天皇に感謝こそすれ、謝罪しろ等とは笑止千万です。

結果オーライとは思っていますが、それはアメリカ様、GHQ様、マッカーサー様が
与えてくれた民主主義や平和憲法が素晴らしかったからであり、
裕仁の手柄では全くありません。よりひどい結末もあり得たし、
本土決戦なんか本気でやってたら我々なんか多分いなかったはずです
最後のポツダム宣言受諾は裕仁が指示したとされていますが、
それとて国体の護持=皇族の存続を唯一の条件としての事だと聞いています
そしてなんとかって宮家の総理大臣が、「一億総懺悔」とかほざいて
裕仁や戦争指導者の責任を曖昧にし、全国民に押しつける形で、終戦したそうです
最終的に運が良かっただけで、裕仁の戦争の旗印としての責任は一切減るわけではありません
自らを保身した上で戦争終結を指示した事で、最悪の惨劇(本土決戦)だけは防ぐ事となり、
最終最小最低限の責任だけはとった形となっただけです
こいつが謝罪しなくていいなんて、私には信じられません

> それで、祖父様の「本来の静かなより良い人生」とはどのようなものなのか、申し訳ないですが私の頭では想像がつきません。

仮により軍国主義が加速しようが、大日本帝国が存続しようが、戦争さえ起きなければ、
陸軍で軍務を勤め上げたあと退役し、縁側で日向ぼっこしながら、ゆっくり盆栽でも触る、
その方が、拉孟全滅戦で戦死し英雄みたいに言われるより、全然いい人生だと思いますが

2008/09/16(火)15:13| URL | 丸山仁志 #GJEaqQX6 [ 編集]

>丸山仁志さん

コメントありがとうございます。

>なるほど、私なら「故郷」とか呼ぶ感じの「国」と言う事でしょうか
・近いかも知れませんね。

>特に天皇はいなくてもいいかな、とは思いますけど…
・私は、天皇が坐してこそ日本だと思っていますので、残念ながら相容れませんね。

>ただ、国のために自分たちの命を犠牲にしてもいいとまでは思いません
 やはりやばそうになれば、故郷を捨て、尻をからげて逃げ出したいですね
・私は国の為に戦う事以上誰かが犠牲になります。
 それが自分であったならば仕方が無いし、名誉な事だと考えます。
 その護ろうとする「国」に、親兄弟や友人達、日本の未来を担う子供達が住んで生きているのですから!

>何とか戦争が始まる前に、外国に逃げてしまいたい
 海外でも難民とか普通に流出しますよね(最近でいえばイラクとか)
・死生観の違いかも知れませんが、旅行で行くなら別ですが「国」を捨てて出て行くなど私には出来ません。

>私は無益で乱暴な侵略戦争、それによって(日本にも他国にも)多くの犠牲者を出すに至った前の戦争は、絶対的に悪だと信じております
・私は無益でも侵略でも無かったと思っていますので、前提が違いますが、前の前の戦争は「絶対的な悪」では無いのでしょうか?
 戦争(武力戦争)は目に見えて人が死ぬので「悪」と捉える方が多いようですが、私は、経済戦争も情報戦争も戦争であり武力戦争はその最終手段に過ぎず、常に起こる事であり、結果武力戦争に至っても「悪」とは捉えません。

>しかしインドはガンジーの指導の元、無抵抗運動でイギリスの植民地支配を脱し、民主的な国家を建設する事に成功しました
・私はガンジーは無抵抗主義とは思わないし、イギリスからの独立も戦争の結果だと思います。
 無武装、無暴力で戦った事は認めますが、「私の仲間に、一人でも背中に銃弾を受けた者がいるなら見せてくれ」と言う話があるように、無暴力、無武装で、武力に対して命を掛けて抵抗し、その屍を乗り越えて進んだと思っています。
 人間の命を武器と盾に使った「命がけの抵抗」にイギリスが屈しただけの事でしょう。
 
>現在せっかくの民主主義を生かし切れず、形骸化して官僚制に陥っている現状を見ると、
現実には余り期待できなかった過程かも(日本人はやっぱり駄目駄目かも)とも思いますが…
・日本は「国家感」の無い民主主義の行き着くところを示唆しているようにも感じます。
 私も、国家感を無くした今の日本人はやっぱり駄目駄目かもと思います。

>結果オーライとは思っていますが、それはアメリカ様、GHQ様、マッカーサー様が
与えてくれた民主主義や平和憲法が素晴らしかったからであり、
裕仁の手柄では全くありません。
・私は、手柄などと言う個人の感覚は昭和天皇には無かったと理解しています。
 国と民を思っての行動の結果で、マッカーサーを動かしたのも昭和天皇の力だと思います。
 
>国体の護持=皇族の存続を唯一の条件としての事だと聞いています
・当時の絶対権力者のマッカーサーならば、そんな条件飲む必要も無いし、靖国神社も燃やしてしまえば良かったのでは無いでしょうか?
 それをしなかったのは、いや出来なかったのは何故でしょうか?
 昭和天皇が自らを保身した上で云々と言うのは違うと思います。
 命乞いならば、せめて退位位するものでしょうが、それさえしなかったと言うよりさせなかったのはマッカーサーが天皇の日本と言う国における存在を朧気であっても感じたからだと思います。
 
>裕仁や戦争指導者の責任を曖昧にし、全国民に押しつける形で、終戦したそうです
・全く逆だと思います。
 当時の日本人が、自己の国民としての「責任」と言うものを自覚していただけであって、現在のように何でも責任を他に転嫁する姑息な人間ではなかったと言う事だと思います。
 
>最終最小最低限の責任だけはとった形となっただけです
 こいつが謝罪しなくていいなんて、私には信じられません
・何ゆえに昭和天皇が国民に謝罪しなければ為らないのか理解できません。
 それから、思想は違っても、丸山さんは礼節を持った方と思って論議をしております。
 あなたが自己のブログにどう書こうと敢えて言いませんが、少なくとも天皇に対する私の考え方を承知の上で、ここで「裕仁」「こいつ」等と言う表現は今後やめて頂きたいと思います。
 私は不敬だと思いますし、私自身が凄く侮辱されているように感じます。
 
>仮により軍国主義が加速しようが、大日本帝国が存続しようが、戦争さえ起きなければ、
陸軍で軍務を勤め上げたあと退役し、縁側で日向ぼっこしながら、ゆっくり盆栽でも触る、
その方が、拉孟全滅戦で戦死し英雄みたいに言われるより、全然いい人生だと思いますが
・あの程度の軍国主義でも、あの戦争に至ったのですよ。
 軍が存続し、軍国主義が加速すれば、いずれ戦争が起こると考えるのが、歴史からの教訓と言うか、妥当な推量と考えます。
 何が良い人生かは、詰まるところ本人の「死生観」だと思いますので、私には語れません。
 私なら、その時を精一杯生き、務めを果たしたのだから「良い人生だった」と思うかもしれません。

2008/09/16(火)17:26| URL | tono #vFsRzAws [ 編集]

お疲れ様です。
昔なら四畳半の風呂無しボロアパートで時限爆弾を作ってたような連中がネットというオモチャを得て世の中平和になったと考えるよりしょうが無いですな・・。

2008/09/17(水)22:25| URL | アホ #- [ 編集]

>アホさん

コメントありがとうございます

>お疲れ様です。
・勉強になりますよ。(´∀`*)ウフフ

>昔なら四畳半の風呂無しボロアパートで時限爆弾を作ってたような連中がネットというオモチャを得て世の中平和になったと考えるよりしょうが無いですな・・。
・私の世代は、「火炎瓶」だったですね。
 東大安田講堂や日比谷公園闘争が高校3年の時でした。
 私はどの道受ける力は無かったですが、東大の入試は中止になりました。
 そういう意味では「世の中平和になった」のでしょうね。
 私は、「平和」の妄想がが蔓延しているように感じます。

2008/09/18(木)09:47| URL | tono #vFsRzAws [ 編集]

一点、マッカーサーは、日本占領支配において、
天皇に利用価値があると考えたという実利的な観点から、
天皇や靖国などを残し利用したと思います
それ以外に天皇などに特別な感情とか感慨とかは持たなかったんじゃないかと想像しますが…

ほぼ論点は出尽くした感がありますので、これで失礼させて頂きます
天皇に関しては、不愉快な思いをさせてしまって申し訳ありませんでした

2008/09/18(木)11:34| URL | 丸山仁志 #GJEaqQX6 [ 編集]

>丸山仁志さん

コメントありがとうございます

>一点、マッカーサーは、日本占領支配において、
天皇に利用価値があると考えたいう実利的な観点から、
天皇や靖国などを残し利用したと思います
それ以外に天皇などに特別な感情とか感慨とかは持たなかったんじゃないかと想像しますが…
・実利と言う点は私もそう思います。
 ただ、利用価値!という積極的なものではなく、そうしないと治まらないと言う必然性であったと捕らえています。

>ほぼ論点は出尽くした感がありますので、これで失礼させて頂きます
 天皇に関しては、不愉快な思いをさせてしまって申し訳ありませんでした
・こちらこそ言い過ぎたところもあったかと思いますが、御容赦いただきたく存じます。
 ありがとうございました。

2008/09/18(木)12:55| URL | tono #vFsRzAws [ 編集]

桜林氏に同情しましょう

拉孟陣地遺跡に、今まで20数回行ってきた在日中国人の者でございます。名前は朱弘で、東京の柴又に住んでおります。
元慰安婦の話ですが、5人居た日本人慰安婦の中、4人は生存して保護され、日本に戻りました。朝鮮人慰安婦15人の中、5人しか生き残れませんでした。戦闘中、慰安婦を壕の中で抱くだけで、兵士にヒタスラ突撃を命ずる将校は数人、「非国民だ!」として兵隊に撃ち殺されました。
私は事実だけを述べます。中国共産党に何回もやられたので、私の述べた言葉の中には、信憑性が高いと考えて頂きたいです。

2009/10/22(木)15:00| URL | 朱弘 在日中国人 #R8fs1ahg [ 編集]

Re: 桜林氏に同情しましょう

☆朱弘 在日中国人さま
 コメントありがとうございます

> 拉孟陣地遺跡に、今まで20数回行ってきた在日中国人の者でございます。名前は朱弘で、東京の柴又に住んでおります。
・「寅さん」の帝釈天があるところですね。

> 私は事実だけを述べます。
・嘘だけを述べますと言う方は居ないと思いますが、如何なる根拠で、あなたの仰っている事が「事実」と断言できるのかお教え頂ければ幸いです。
 私も「事実」は知りたいですから。

>中国共産党に何回もやられたので、私の述べた言葉の中には、信憑性が高いと考えて頂きたいです。
・中国共産党に「何を」何回もやられたら、貴方の言葉が信憑性が高いという事になるのでしょうか?
 申し訳ないですが、意味が分かりません。
 もう少し具体的に教えていただけると助かります。
 

2009/10/26(月)16:54| URL | tono #- [ 編集]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2010/04/07(水)11:28| | # [ 編集]

拉孟守備隊に随伴していた慰安婦の最後について

 記憶は定かではありませんが、光文社文庫にある
「菊と龍」という本だったか、久留米師団の最後の
様子が生存者の証言などで詳しく書かれていました。


 その中に、拉孟守備隊の慰安婦たちの最後の場面も
書かれており、最後の突撃の直前に慰安婦たちは豪に
戻り、一番美しい着物に着替え、化粧をして並んで
横たわり、毒を飲んで自決したと書かれていました。

 その前に朝鮮人慰安婦には「あなたたちは酷い扱い
をされないから」と投降させたことも書かれています。

 彼女たちの頑張りについては、中国雲南遠征軍の
攻撃が迫る直前に弾薬、医薬品などを空中投下した陸軍
機の操縦士の目撃証言では、モンペを履いて兵士たちと
ともに陣地の補強工事をしている様子などもありました。

 彼女たちは補給してくれた陸軍機に向かって元気に
手を振っていたとのことです。

2012/03/27(火)22:04| URL | 風太 #mQop/nM. [ 編集]

拉孟守備隊に随伴していた慰安婦の最後について

光文社の「菊と龍」によると、

慰安婦たちは激しい戦闘中には前線の各陣地に
弾薬を運んだり、炊き出しをして握り飯を運んだ
りして兵士を助けた。

負傷兵の後送、看護・・砲弾が炸裂する中、
分散する各陣地の間を走り回って働いたようです。

この戦いでは米式装備の中国軍はロケット砲、
火炎放射器まで使っておりましたので、どんなに
怖かったかと想像しますが、昔の日本女性は強かった。

彼女たちの自決の様子にはさすがに涙が止まり
ませんでした。

尚、日本人慰安婦の説得によって投降した朝鮮人慰安婦
は、その後、米軍の顧問団の尋問を受け、その詳細が
残っていますね。
ネットでは昔から有名な慰安婦関係資料ですが、朝日新聞
などの言う「性奴隷」とはおよそかけ離れたものです。

ちなみに、TBSの筑紫哲也N23でこの投降した
朝鮮人慰安婦の尋問中の写真が使われ、松井やより氏が
設立したバウネットジャパンの西野留美子氏が
「慰安婦強制連行の資料」だとして出しておりました。

2012/03/27(火)22:17| URL | 風太 #mQop/nM. [ 編集]

拉孟守備隊に随伴していた慰安婦の最後について

もう一点、コメントさせていただきます。

光文社の「菊と龍」によりますと、拉孟守備隊と同じく
玉砕した騰越市守備隊には慰安婦は随伴しておらず、
本書の生存者の証言のなかに

「騰越市に朝鮮人が経営する慰安所があった」

と書かれておりました。
つまり、朝鮮人が経営する慰安所が軍と同行する
ケースもあったということでしょう。

それで気付いたのですが、TBSの筑紫哲也N23で
バウネットジャパンの西野留美子氏が裸体の女性の
写真を持ち込んで、騰越市守備隊の慰安婦として

「これが強制連行され、性奴隷にされた朝鮮人慰安婦」

だと言っておりました。
その写真の女性がまだピヨンヤンに生存していて、
「性奴隷だった」と番組で証言していたわけです。

ただ、その写真を見ると、ポルノ写真のようではなく
ちゃんとした写真館で撮影した写真のように見え、
ネットで疑問が呈されていたものです。

つまり、バウネットジャパンの西野留美子氏が番組
に持ち込んだ騰越市守備隊の「性奴隷?」は、実際には
朝鮮人が経営する慰安所の女性だったということですね。

可笑しなことが一杯ですが、今日も韓国人は欧米の
公共施設などで「日本軍性奴隷写真展」を開催し、
慰安婦像を全米に建設しようとしています。

困った隣国ですね・・・・笑

2012/03/27(火)22:34| URL | 風太 #mQop/nM. [ 編集]

拉孟守備隊に随伴していた慰安婦の最後について

 上の方に中国人の方の書き込みがあり、

慰安婦は朝鮮人が15人、日本人が5人と

人数が逆だと主張されてますね。

しかし、人数については、投降した朝鮮人慰安婦

を尋問した米軍顧問団のレポートに明確に出ており

ます。 この米軍尋問レポートには、慰安婦になった

経緯から日常生活、慰安所の仕事の内容まで事細かく

記録されており、そこで拉孟守備隊の民族構成も

はっきり残っております。

英文と日本語訳がネット上に公開されております。

日本人15人、朝鮮人5人が正しいですね。

2012/03/27(火)22:41| URL | 風太 #mQop/nM. [ 編集]

コメントの投稿


秘密にする

トラックバック

http://tonogodz.blog70.fc2.com/tb.php/147-5e0dc871
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

65年たった今、拉孟玉砕戦の真実を知りたい、事件に対し考えを語りたい

65年前の昨日、1944年9月7日、中国雲南省保山地区の怒江(サルウィン河)西岸の 松山に築かれた旧日本軍の拉孟陣地戦われていた拉孟陣地防衛戦で、 旧日本軍がほぼ全滅、玉砕した。巷で拉孟玉砕戦とも呼ばれている 旧日本軍の多くの玉砕の中で、孤島などではなく、内陸部...

2009/09/08(火)04:56│愛国心なんか糞食らえ

反日日本人の正体 その27

本日の反日度指数:★★★★★★★◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇実に久しぶりのエントリーアップです。今まで、更新を怠っていたにもかかわらず、訪問して

2007/08/13(月)17:11│明日へ架ける橋  

8月は戦争を想うとき

 戦争関連の特集番組を各局が次々を流しています。 いささか食傷気味ですが・・昨晩のETVETV特集 「城山三郎&quot;昭和&quot;と格闘した作家」は良かったですね。 見終えてから、ちょっと考えてしまいました。氏の視点から

2007/08/13(月)13:13│湖北庵通信(旧 浦安タウンの経済学)

従軍慰安婦・南京虐殺がなかったと思っている人へ-2

「慰安婦決議案」が米下院で可決されましたが、その件は別途書くとして、前々回の「従軍慰安婦・南京虐殺がなかったと思っている人へ-1」の続きです。前回エントリーで、「参考になった本」と書いたのは、この本のことです。

2007/08/10(金)02:14│考察NIPPON

どくしょのじかん 2

 私はハーバード、コロンビア両大学で学び、プリンストン大学で教えた経験がある。レポートを書いて採点されたこともあれば、採点したこともあった。採点する時は、まず末尾の脚注(フットノート)を点検するの慣例だろう。引用文献の数、参照した文献の質、必須文献で洩

2007/08/09(木)17:28│Stiffmuscleの日記

«  | HOME |  »




 祝日には国旗を揚げましょう!   
日の丸をクリックすると
国旗掲揚のルール
がご覧頂けます


メルマガを発行しています。(予定)!  

配送先メルアドを入れて[送信]     

メルマガ購読・解除

読者購読規約
powered by まぐまぐ!
 

ランキング参加しました↓  
  

プロフィール 

tono

Author:tono
この日本が好き。
今のおかしな日本をあるべき姿にしたいと思う。

本ブログを見て頂いた数

最新の記事&ご意見-感謝

月別アーカイブ

ブログ内検索



天皇の御紋章




日本国政府(内閣)紋章


防衛省・自衛隊







ご意見・お便り

スレ違いや極秘情報、ご意見、お便り、秘コメではいやだと言う方はこちらからお願いします。

名前:
メール:
件名:
本文:

返信は管理人の気分によりますが、出来るだけしたいと思っています。


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。