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「産経」対「台湾の声」産経のいなし 通じず

 先に揚げた「カイロ宣言」の件だが、とても気になってしまっていたら、続報が届いた。
 産経新聞社から回答が来たようだ。
 広報部長の名前入りの回答は、逃げ隠れする新聞社よりは、取りあえずまともか?
 しかし、何とかいなそうとした「産経」に、「台湾の声」が突っ張り、張り手で応酬の模様になってきた。

_/_/_/▼台湾の声より引用▼_/_/_/_/_/


【「カイロ宣言」の嘘】産経新聞からの回答と本誌の再質問


公開質問状に対し、産経新聞から以下のような「回答」があった。
このような「回答」は断じて許容できるものではない。
本誌編集部では再度質問を行った。再質問の内容を合わせて掲載する。


  産経新聞社からの「回答」
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 11月27日付産経新聞朝刊の特集面に掲載された「20世紀のきょう」欄の「カイロ宣言」に関す記事についてお尋ねがありましたが、回答は以下の通りです。


 当該記事につきましては、国立国会図書館のホームページにある記述を参考に致しました。ちなみに、カイロ宣言についての記述は、「対日方針を協議するため1943年(昭和18年)11月22日からエジプトのカイロで開催された米英中首脳会談を受けて、同月27日、フランクリン・ルーズベルト米大統領、ウインストン・チャーチル英首相、蒋介石中国国民政府主席が署名し、12月1日に発表された。(中略)カイロ宣言の対日方針は、その後連合国の基本方針となり、ポツダム宣言に継承された」とあります。


 記事の目的は「カイロ宣言」の発出日を簡単に紹介することにありました。
 加えて、宣言の原文にも日本国の無条件降伏を目指す旨がうたわれており、記事の訂正には応じかねます。


 「カイロ宣言」の署名をめぐっては様々な議論があることは存じておりますし、弊社としても注意深くフォローしていくつもりです。ご理解いただければ幸いです。


平成18年11月29日


産経新聞社総合企画室
広報部長 高山 克介


産経新聞社読者サービス室
email: u-service@sankei.co.jp

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外患・国防と領土・領海 | コメント(10) | トラックバック(2)2006/11/30(木)13:55

ユドヨノ大統領歓迎晩餐会 に思う

 短い記事だが、アジアからの国賓のお話なので揚げておこうと思う。


_/_/_/▼Sankei Webより引用▼_/_/_/_/_/ 
 
  ユドヨノ大統領歓迎晩餐会 陛下「復興、願っています」
 
 国賓として来日したインドネシアのユドヨノ大統領夫妻を歓迎する天皇、皇后両陛下主催の宮中晩餐(さん)会が27日、皇居・宮殿で開かれた。


 陛下は平成16年12月のインド洋大津波や今年5月のジャワ島地震に触れ、「ご苦労、ご心労はいかばかりであったかと深くお察ししております。試練を乗り越えて、力強く復興の道を歩んでいくよう、切に願っております」とあいさつされた。


 大統領は「日本のみなさまよりいただいたご支援を決して忘れません。天皇陛下および日本国民のご厚意に心から感謝します」と応じ、悠仁さまのご誕生にお祝いの言葉を述べた。


 午前中には両陛下、皇太子さま、秋篠宮ご夫妻ご出席のもと、宮殿で歓迎行事を開催。通常、国賓の歓迎行事は宿泊先となる迎賓館(東京・元赤坂)で行われるが、改修工事のため初めて宮殿が使われた。このあと、両陛下と大統領夫妻は約25分間会見された。


 大統領夫妻は26日に来日。29日までの滞在で、安倍晋三首相との首脳会談も予定されている。


(11/28 02:59)


_/_/_/▲_引用ここまで▲_/_/_/_/_/


 あまり報道されていないような気がするので、載せておきたくなった。
 リンク先のSankei Webの写真を見て頂きたい。
 これが、日本とアジアの関係では無いのだろうか?



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一息・日本の力 | コメント(9) | トラックバック(0)2006/11/28(火)11:24

産経新聞は増塵の仲間にならぬよう訂正を 願う

 27日付産経新聞「20世紀のきょう」にカイロ宣言が取り上げられていた。


_/_/_/▼Sankei Webより引用▼_/_/_/_/_/
 
 【20世紀のきょう】カイロ宣言(1943・11・27)


 第二次大戦連合国側のルーズベルト大統領、チャーチル首相、蒋介石主席の米英中首脳がカイロで会談。この日、日本に対して無条件降伏を要求するなどの方針を決めた文書に署名した。


_/_/_/▲_引用ここまで▲_/_/_/_/_/


 短い文章だが、最後の部分「文書に署名した。」とある。
 私の知る限り、カイロ宣言で「署名」無かったと思う。
 私の勉強不足で、産経新聞にそのような裏付けが有るなら別であるが。
 これに関して「台湾の声」で、台湾研究フォーラム会長 永山英樹氏が解説をされている。
 内容は、私の知るところより詳しく解説されているので、以下に引用させて頂く。


 



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外患・国防と領土・領海 | コメント(6) | トラックバック(0)2006/11/28(火)10:08

パラオでの天皇御在位奉祝パレードと皇居参賀 に思う

 「反日ワクチン」さんのブログを覗いたら、素敵な記事が有ったので、是非紹介したくて揚げてみた。
 管理人の小楠さんに問い合わせた所、快く記事の引用の了承を頂いた。
 この場を借りて、心より御礼申し上げる。
 
 ご存じの方も多いと思うが、私は今ごろ初めて知った。
 まずは、その記事
 
_/_/_/▼「反日ワクチン」さんのブログより引用▼_/_/_/_/_/

「昭和の戦争記念館」第4巻 大東亜戦争その後の中に、パラオで昭和天皇の御在位60年の奉祝パレードがあったことが載っていましたので、紹介してみます。


他に、このお話も有名ですね。
http://www.asyura2.com/0406/idletalk10/msg/583.html


引用開始
 パラオ共和国では、昭和六十一(1986)年十一月二十三日に、「天皇陛下御在位六十年」の奉祝式典を行い、提灯行列に移った。
 その話を最初に聞いた時には信じられなかった。その写真を貰っても、何だか半信半疑の気持ちが残った。私が現地に出かけて尋ねたら「私たちがやりました」と、写真にうつっている人々が名乗り出てきた。そして紹介されたのが、日本名で、沖山豊美(父が日本人)という人であった。


 彼女は戦前の日本の高等女学校を卒業した唯一人のパラオ人である。女学校をトップで卒業し、五カ国語に通じ、アメリカでは「バロン・オキヤマ」と呼ばれて尊敬されている、と聞く。私の質問に対して彼女は、「天皇陛下は世界で最も尊い方」と前置きしてゆっくり、しかし正確な戦前の日本語で答える。彼女が挙げた、御在位六十年を祝う理由は、次のようなものであった。


① 世界で一番古い家柄の方である。他のどの王室も遠く及ばない。


② 日本の軍人はペリリューやアンガウルだけでなく、他の戦場でもあれだけ立派に戦った。それは天皇の力であって、アメリカ人もペリリュー島を「天皇の島」と呼ぶようになった。


③ 日本人があれだけ真剣に戦った戦争だが、それを一ぺんにやめさせられたのも、天皇の力だった。天皇の命がけの決断で我々も救われた。


④ 日本は戦争に負けたのに天皇は相変わらず天皇であられる。こんな例は世界史上例がない。


⑤ その天皇が六十年も在位された。順風の時代に在位されたのではなく、興隆と敗戦の激動を通じてずっと天皇であられた。この僥倖を思うと日本人でなくてもお祝いしたい気持ちになる。


 彼女は淡々として事実を述べる。聞きながら彼女の認識する天皇観は、国際的に見て当たり前のことではないかと思われてくる。
 マッカーサーも昭和天皇にお会いした時にはすっかり感激したし、極東裁判のウェッブ裁判長は敗戦国の天皇が流刑もされず、裁判にもかけられず、何の処罰も受けず、相変わらず天皇であり続けたことは、不思議としか言いようがない、と言っている。


 特に崩御された時の世界の反応には、日本人が驚いた。服喪の政令を発した国は実に三十四カ国。そのうちインド、パキスタン、バングラデシュ、そしてヨルダン、スーダン、タンザニア等、大東亜戦争後独立した新国家が断然多い。
 服喪期間もアジア・アラブ諸国はおよそ三日から一週間(日本は二日間)に及んだ。これらの国々は、日本人以上に天皇の存在を評価していると言えるのではないか。


 天皇に親愛感を持っているのは、沖山さんだけではない。政府顧問をしているイナボさんもそうだ。彼は戦争中ペリリュー島で戦車に対する肉迫攻撃の訓練を受けていた。日本の兵隊さんといっしょにペリリュー島を守りたかったが中川守備隊長は、パラオ人全員を本島に移し、日本軍人だけで戦った。そのために英霊に対して申し訳ないという気持ちが強い。そして今生きているのは、昭和天皇が終戦の御聖断をくだされたから、と思っている。


 忘れもしない、昭和六十三年四月二十六日のことである。彼は娘と姪を連れて日本にやってきた。天皇陛下が御病気なのでお見舞いに来た、と言う。二十九日の「天皇誕生日」には、私たちも彼らを皇居参賀に案内して、日の丸とパラオの国旗を振って「天皇陛下万歳」を何度も唱えた。彼は「陛下のお元気な声を聞けて、安心して帰れる」という。帰途楠公さんの銅像に参り、靖国神社に参拝した。道すがら彼は言っていた。
 「日本で大切なものが四つある。御皇室と靖国神社と桜と富士山だ。これを忘れたら日本は日本ではなくなる」と。


※日米合同式典
 かつて日本の委任統治領に、南洋群島があった。その中心に位置していたのが、パラオ諸島であった。昭和十九年、ペリリュー島とアンガウル島の二つの島の争奪をめぐって、日米両軍は死闘したが、パラオの人々は、その勇戦が忘れられなかった。


 その後パラオは独立し、争奪戦から五十年がめぐってきた。パラオは旧日米両軍の戦友たちを招いて和解と友好のための合同式典を企画し、アメリカから約六百名、日本から八十名が集まり、パラオ大統領が主催の盛大な記念式典が催された。
引用終わり


 ご存知の方も多いと思いますが、パラオは大変親日的な国です。一度は行ってみたいと思っています。


_/_/_/▲引用ここまで▲_/_/_/_/_/



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一息・日本の力 | コメント(10) | トラックバック(1)2006/11/26(日)20:45

核兵器は「政治兵器」と考える

 以前拙ブログでも取り上げた「中国は日本を併呑する」の著者でもあり、元防衛研究所研究室長・中国軍事研究者の平松茂雄氏が、毛沢東があらゆる犠牲を払ってでも核開発に固執した理由について「核兵器は実際に使われる兵器ではないが、持たないと相手にされない、すなわち核兵器は戦争の手段ではなく、政治兵器であることを認識したのである」と語っている。
 
 核武装・核保有を議論するときに、「核には核」と言うだけでなく、これは重要な要件ではなかろうか。
 中国も、北朝鮮も、戦争に使う為に「核」を持っているのではないだろう。今も行われている中国の侵略行為に「核兵器」は実際には使われていない、しかし、国際社会において「政治兵器」としてはどれだけ大きな力を発揮しているかは誰の目にも明らかではないか。


_/_/_/▼Sankei Web 正論より引用▼_/_/_/_/_/


 平成18(2006)年11月16日[木]
■【正論】中国軍事研究者・平松茂雄 中国の核開発と重なる北の動向
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 ■歴史を素直な目でみて真実探れ


 ≪10年前の北の核開発論議≫


 北朝鮮が核拡散防止条約(NPT)を脱退して核開発に取り組んだ1994年ごろ、ある政府機関が組織した東アジアの安全保障・軍事情勢に関する研究会で北朝鮮の核開発が問題になった。その時、ある軍事専門家が北朝鮮のような遅れた貧乏国が核兵器なんか作れない、あれははったりだという主旨の発言をした。そこで筆者は北朝鮮のことは何も知らないが、中国の核開発の歴史をかいつまんで説明して、バカにしていると、そのうちにできてしまうと述べたところ、そのような見方は北朝鮮の思う壼になるからよくないと強くたしなめられたことがある。だが、それから約10年を経て北朝鮮の核開発は現実となり、世界を震撼(しんかん)させている。


 それより30年ばかり前の60年代中葉に、中国の核開発が問題になったとき、多くの中国研究者、軍事専門家、科学技術者は中国のような遅れた貧乏国が核兵器なんか作れないと嘲笑(ちょうしょう)した。当時筆者は大学院博士課程の学生であり、核兵器について何も知らなかったから、正直いってそうだろうなあと思った。ところが指導教授の計らいで、ある政府機関が組織した中国の核開発に関する研究組織に参加する機会を得て、それが縁で防衛庁の研究機関で「メシを食べる」ことになり、中国の核開発の研究にかかわることになった。


 ≪「木に竹接ぐ」兵器でも≫


 その過程で分かったことは、専門家の見方は厳しいというか、米国の完成された兵器や軍事技術を基準にして論じるから、中国の核開発はとても無理ということになる。だが中国の核開発が着実に進展していくと、それらの専門家は「木に竹を接いだようなものはだめ」とか、「戦争ごっこには使えても、本物の戦争には役に立たない」と説明して、中国の核開発を評価することを嫌がったのである。


 確かに中国の核兵器はソ連から供与された初期の技術をベースにして、あちこちから寄せ集めた技術で作り上げた文字通り「木に竹を接いだような核兵器」であったが、40年後の今は有人宇宙船を打ち上げるところにまで発展している。


 中国の核開発の過程で広く言われたもう一つの見方は、国内で2000万人もの餓死者が出ているのに核兵器を作っている、毛沢東という人間は冷酷で、とんでもない政治家だ、中国はつぶれるという見方であった。現実に毛沢東は「一皿のスープを皆で啜(すす)り合っても、ズボンをはかなくても、核兵器を作る」と国民に窮乏生活を強いても核兵器開発に国家の財源・資源を集中した。


 いま北朝鮮の核開発で言われていることと同じことが、かつて中国について言われていたのである。最近新しい情報を元に毛沢東の悪政と冷酷無比の人間であったことを改めて暴く書物が何冊か書かれたが、そのなかに、当時6000万人が餓死したという新説が唱えられた。当時の中国の人口は6億人とみられていたから、その1割の国民が餓死したことになる。それはとても信じられない数字である。仮に真実であったとすると、それだけの犠牲が生まれても、中国の核開発は着実に進展し、中国はつぶれるどころか、いまや米国が認める「世界の大国」に成長したのである。


 ≪「中国の孤立」を隣で観察≫


 では毛沢東は何のために、そのような犠牲を払っても核兵器を開発したのか。それは建国以来の数年間に、中国が米国の核兵器によって散々脅かされ、毛沢東の言葉を使えば「バカにされた」からである。毛は核兵器には核兵器で対抗するほかないことを認識した。核兵器は実際に使われる兵器ではないが、持たないと相手にされない、すなわち核兵器は戦争の手段ではなく、政治兵器であることを認識したのである。



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外患・国防と領土・領海 | コメント(18) | トラックバック(5)2006/11/16(木)09:56

アジアはみんな日本の憲法改正に反対、 じゃない

産経新聞の【湯浅博の世界読解】にこんな記事があった。


_/_/_/▼産経新聞より引用▼_/_/_/_/_/


「アジアは憲法改正反対」のウソ


 (産経 06/11/15)


 安倍晋三政権を非難する決まり文句は、「アジア外交の欠如」のはずだった。
 安倍首相が靖国神社への参拝派だから、中韓を怒らせることになるはずだと反安倍勢力はほくそ笑む。
 そこで、彼らは引き続き首相の「アジア軽視」を批判ができると手ぐすねを引いていた。


 ところが、安倍首相は就任すると北京とソウルを電撃訪問してしまう。
 すると、反安倍勢力は振り上げたコブシの降ろしどころをなくし、とたんにアジア外交への関心を失っていく。


 この場合のアジアとは、中国と韓国しか念頭にない。
 アジアを強調するなら、東南アジアに対する外交も論評してほしいが、そうしないのは非難する側が狭量だからである。
 実はこの1カ月の間に、アジアには興味深い動きがあった。


 インドネシアのユウォノ国防相が受けた10月上旬のロイター通信とのインタビューは、近年特筆すべき「対日観」を語っていたのだ。


 「私は安倍政権下で、日本が“普通の国”になるためにも、防衛庁を改めて防衛省に格上げすることを望む。
 地域的な安全保障の役割を果たすために日本国憲法9条を改正することにも賛成したい」


 「日本は自国の防衛を強化して、米国に委ねる度合いを減らしつつ、同盟関係を維持しながら前進してほしい」


 防衛省昇格も憲法改正も中国がもっとも嫌う動きであるが、インドネシアはそう考えない。
 中国が口にする「アジアが警戒する」とは、勝手な拡大解釈であることがよく分かる。


 ユウォノ発言はむしろ、膨張する中国パワーをそぐために、日本が安全保障でより積極的な役割を果たすよう期待しているのだ。


 ことしの2月の本欄で、「ユドヨノ政権とは組める」と書いたさいに、ユウォノ国防相は「日米同盟は東アジアの公共財としての役割を果たしてきた」と対中警戒論を示唆していた。


 今回のインタビューはさらに一歩進めている。一時は中国に接近したこの国も、北京が東南アジアを取り込もうとしている野心を見抜いたのだ。


 東南アジアの中国への警戒感は、親中派と目されていたベトナムのグエン・タン・ズン首相のこの10月訪日にも表れている。


 ズン首相は中国留学の経験をもつことで、親中派とみられることを嫌う。
 それは東南アジアの国々が、国益のためにどの大国のパワーをどう使うかに腐心しているからだ。
 中国には最高指導者のマイン書記長が訪問して顔を立て、ズン首相が日本を公式訪問した。


 そのズン首相は来日の際に、安倍首相と「戦略的パートナーシップ」になることで合意した。
 日中首脳が了解した「戦略的互恵」とは違って、より近い関係に位置づけた。


 ズン首相は参院本会議で演説までしているのに日本では注目されなかった。
 米国の国務省や経済界が逆に、中国の拡張主義に歯止めをかけていると、「安倍外交の成功」と高く評価しているのとは対照的である。


 ハノイで開催されるアジア太平洋経済協力会議(APEC)では、米国がいつになく熱を入れている。
 とりわけ、アジア太平洋の「経済連携」「経済共同体」のような枠組みが中心になるという。


 この枠組みは、中国が日韓と東南アジアを巻き込む「東アジア共同体」構想を希薄化する効用がある。
 東アジア共同体は、民主主義など共通の価値観がないし、日本を米国から引き離す中国の地域覇権戦略であると指摘されている。


 日本は共通の価値観を持つ国との協力を進め、「アジア共通の家」の幻想に寄りかかることなく、巧みなバランス外交を望む。


_/_/_/▲_引用ここまで▲_/_/_/_/_/


 



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一息・日本の力 | コメント(18) | トラックバック(0)2006/11/15(水)12:23

無防備地域条例に 思う

全国無防備地域宣言運動」 と言うのがある。

この人達は、一体何がしたいのだろうか?


_/_/_/▼asahi.com 大阪より引用▼_/_/_/_/_/


堺を無防備地域に 条例制定へ署名活動
2006年11月11日
 
 堺市の市民団体「平和・無防備地域条例を実現する市民の会」が10日、条例制定の直接請求に向けた署名運動を始めた。来月10日までに請求に必要な有権者の50分の1に当たる約1万3500人以上の署名を集め、来年早々にも「非核・平和無防備地域実現のための条例」の制定を本請求したいとしている。


 同会は今年6月、福祉関係者、公務員、助産師、看護師など市民有志約30人で結成。このうち6人が請求代表者となり、この日、市から証明書が交付された。署名運動の初日は、事務的な準備などもあったため、市役所前で街頭演説をしながら約1時間、署名を呼びかけるだけにとどまった。11日からは、全7区ごとに署名活動を本格的に繰り広げるという。


 同会によると、無防備地域宣言は、無防備地域への攻撃を禁じたジュネーブ条約追加第1議定書の規定に基づき、地域と住民の安全を確保しようという考え。戦闘員・移動兵器の撤去や、軍事行動を支援する活動が行われていないことなど4条件を満たせば宣言することができるという。


 同会が制定を目指している条例案は7条で構成。1条で「戦争に協力しない平和のまち(非核平和・無防備地域)」の実現を掲げている。2条で「市民が平和のうちに生存する権利」を確認し、3条で「(市は)戦争にかかわる一切の事務を行わない」ことを表明している。


 菊地雅俊・同会事務局長は「自衛隊を派兵した日本も、イラク戦争に実質的に参戦し、憲法9条は風前のともしびとなっている。米国の中間選挙では、イラク戦争は誤りだった、と国民の意思が示された。日本でも、憲法9条を守り戦争はしない、という意思を、この運動を通じて地方から示していきたい」と話している。


 問い合わせは事務局(072・221・1233)へ。
 
_/_/_/▲_引用ここまで▲_/_/_/_/_/



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内憂・日本国憲法・法律・自由・権利と義務・責任 | コメント(30) | トラックバック(4)2006/11/14(火)19:15

文化の日に「日本国憲法」 を考える(1)

 今日は「文化の日」だ。
 さすがの連休大好き政党・議員達も「11月第一月曜日」等に変更できない「日本国憲法の公布日」である。
 朝起きると高曇りの良い天気。
 まずは、門扉に旗竿基台(自作)を付けて、国旗を揚げた。
 集合住宅は旗竿基台の取り付けにも一工夫必要だからだろうか?我が家を含め18軒あるが一本の日の丸も見えない。通路に出て近所を見渡せど1本も視界に入らない。
 かなり寂しい・・・・
 集合住宅で国旗を揚げると「美観を損なう」とまるで「布団」扱いのふざけた話を聞いたことがあるが、我が管理組合では今のところ何も言ってこないようだ。持ち回りの役員で現在副委員長なので、今の内に誰か言ってきてくれれば「バラバラに旗竿基台を造るのも大変だから、中庭に掲揚台を造るか、推奨旗竿基台を造って配布しましょう」と提案している私を想像してみたりする。
 そう言えば、「文化の日」は晴天率特異日と言われていたが最近そうでも無いらしい。
 Wikipediaによると
「第2次世界大戦前は確かに晴天の回数が多く、特異日であったが、1950年代から1960年代初めにかけてはしばしば雨になり、気象学関係者の間では特異日から外す意見もあった。その後持ち直し、晴れることが多くなっている。」
 と言うことだが、ここ15年位の特異日を調べたHPによると、21世紀になってまた、晴れが減っているようだ。
 現「日本国憲法」が公布・施行された後に段々と晴天率が落ちて行った?そして、あきらめたかのように、また晴天率が持ち直してきた。
 さらに、21世紀に入ると晴天率は、また悪化してきた。
 「いい加減に日本を普通の国に戻すべし!」という英霊の涙であろうか?
 先般、運良く例大祭の折に、初めて靖国神社の「昇殿参拝」を果たした私であるが、畳に座し頭を垂れると、賽銭を投げ階(きざはし)での参拝とは違う「何か」を感じたのである。
 
 私は、法律の専門家でも憲法学者でも無いが、素人なりに今の「日本国憲法」は率直にいって「おかしい」と感じている。
 行間を読む?或いはすり抜けるような、条文の解釈がまかり通っている。
 憲法は、俳句や歌ではないはずだ。出来る限りわかりやすく表記すべきでは無いだろうか?
 
 私は新憲法でも、憲法改正でも書くべき事が書いてあれば様式には拘らない。そもそも現憲法は、占領下の形式上とは言え、帝国議会に於いて「憲法改正」されたものである。速やかなる「新憲法の制定」又は「憲法改正」を望む。
 
 ならば、その条文案を示せと言われそうなので、自分なりに調べもし勉強もしているところであるが、すればするほど奥が深い。
 よって、今回から本当に少しずつ少しづつ、現憲法に対する考察と、正に放言・暴言を吐いて行き、新しい憲法の姿を自分なりに探ってみたくなった。
 大変時間も掛かると思うが、お付き合い頂ければと思う。
 読書の下手な私には、来訪の皆様のコメント・ご意見は書に倍する重みがあるので、是非懲りずにご来訪頂き、一行でもコメントなり頂ければ幸いである。


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内憂・日本国憲法・法律・自由・権利と義務・責任 | コメント(21) | トラックバック(3)2006/11/03(金)15:08

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